「ここがこのイベント最難関コースの『ナイトメアコース』だ!」
竜王が目の前に広がるコースを指し示す。葵が呟く。
「……暗くてほとんどなにも見えないんだけど……」
「こ、これは、さ、流石に、き、危険では?」
「思った以上の暗闇だね……」
「ふん、怖気づいたか、黄葉原兄弟! 良いんだぜ? ギブアップしても?」
「そうなると、貴様らの不戦敗だがな」
竜王と竜馬がそう言って笑う。爽が心配そうに南武に声をかける。
「南武君、本当にあまり無理はしない方が……」
「ぜ、全然、む、無理なんて、し、してないですよ……!」
「……山王さん」
「は、はい……」
「尾成さんの狙いが今ひとつ不透明ですが、このコースは照明もほとんどなく危険です。勝負をするにしても、せめて普通のコースでは駄目でしょうか?」
「……自分も実はそのように考えていました。こんなコースでは金銀お嬢様も危ない」
「では、葵様たちに進言するとしましょう」
爽と将司が葵たちに声をかけようとしたところ、竜王が声を上げる。
「この程度で音を上げるとは、将愉会とやら特に黄葉原兄弟は腰抜けの集まりか⁉」
「違うわ! ……良いわよ! この勝負受けて立ってやろうじゃない!」
「葵様⁉」
「それより本当はそっちがビビっているんじゃないの~?」
「なっ⁉ 上様といえども、聞き捨てならないお言葉! もちろん勝負に決まっています! この尾成金銀! 逃げも隠れも致しません!」
「金銀お嬢様⁉」
「……決まったようですね。ではこのコース担当の私が説明させて頂きます。このコースは3つのチェックポイントがあります。スタートからゴールまでちょうど一周するようなコース形態になっています。今年は参加チームが少ないので、時短の意味もあって、2チーム同時にスタートします。先にチェックポイントを周ってゴールした方が勝ちです」
イベントの担当者が淡々と説明する。葵と金銀が頷く。
「……分かりました」
「了解いたしました」
「それではスタート位置についてください……よ~い、スタート!」
両チームが揃ってスタートする。北斗が指示を出す。
「第1チェックポイント:茂みにあるお地蔵さまにお供えすることだよ」
「木陰って言うのが分かりにくいわね。この辺だと思うけど……」
「この暗さ、将司、どうにかなりません? 探すのも大変ですわ……」
「「あった!」」
葵と金銀は同時にお地蔵さまを発見する。北斗が南武に、竜王が竜馬に告げる。
「南武、しっかり撮っておいてくれよ」
「竜馬、いい画を頼むぞ」
「わ、分かっています……」
「兄上、お任せあれ!」
「「……ひぃ⁉」」
南武と竜馬の抑えた悲鳴が聞こえる。爽が尋ねる。
「カメラマンのお二方、震えていませんか? 大丈夫ですか?」
「「へ、変な火の玉が映りこんだ~!」」
南武と竜馬が端末を放り投げて、走り出していってしまう。
「南武君⁉」
「竜馬さん⁉」
「……行っちゃった。何か怖いものでも見たのかな?」
「あっちがちょうどゴール方向だから大丈夫でしょ。仕方ない俺がカメラをやるか」
北斗が端末を拾う。葵が心配そうな視線を向ける。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。第2チェックポイント:木陰の石碑の前で手を合わせることだよ」
「竜馬のやつめ、不甲斐ない! 俺がカメラを担当します!」
「それでは第2チェックポイントに向かいましょう!」
「あ、相手チームが先行したよ! こっちも急がないと!」
走り出した金銀たちを見て、北斗が慌てる。
「じゃ、じゃあ行こうか……」
葵たちもやや遅れて木陰にある石碑を探しあてる。
「ここで手を合わせれば良いんだよ」
「な、何の石碑なの……?」
「細かいことは気にしない! ほら、爽姉ちゃんも!」
「仕方ありませんね……!」
その時、石碑がぐるっと回転し、爽と将司が裏側に引きずり込まれるが、葵たちは目を閉じて拝んでいる為、全く気がつかない。
「……これでよし。あれ? サワっちは?」
「将司の姿が見当たりませんわね……」
葵と金銀は不安そうに周囲を見回す。
「多分、トイレにでも行ったんだよ! それより次のチェックポイントに向かおう!」
「山王ならば心配いりますまい! 上様に先行を許しています! 急ぎましょう!」
北斗と竜王がそれぞれ、葵と金銀を促す。残った四人は再び走り出す。
「第3チェックポイント:罠をかいくぐれ!」
「どういうこと⁉」
「この先のゾーンには多くの罠が仕掛けてある! それをかわしてゴールを目指そう!」
「もはや肝試し関係なくない⁉」
「細かいことは気にしたら駄目だよ! さあ、急ごう!」
「くっ……ただでさえ真っ暗なのに……うわっ!」
横から糸で吊るされた小さい丸太が飛んできたが、葵はなんとかかわす。北斗が叫ぶ。
「罠の起動するスイッチ的なものを踏んでしまったんだね! 慎重に、でも急ごう!」
「無理言わないでよ!」
それでも葵は奇跡的に、金銀は持ち前の勝負強さを活かして、罠をかいくぐり、ゴール直前までたどりつくことが出来た。北斗が声をかける。
「上様、後もう少しだよ!」
「う~ん、不自然に土が盛り上がったところがあるんだけど……あえてそっちに行く!」
「上様、誠に天晴な勝負度胸! しかし、ここは裏の裏をかいて窪んだ所が正解です!」
葵と金銀が前に踏み出す。すると、北斗と竜王の持っていた端末のライトが消える。
「ライトが⁉ くっ、こんな時に!」
「「きゃあ!」
二人の女性の悲鳴が聞こえる。」
「上様!」
「その声は南武か! どうしてここに⁉」
「兄上! 適当に走っていたら着きました!」
「そうか! 上様の声があっちからした! 援護するぞ!」
「分かりました!」
「きゃあ!」
「「上様! ……あ、あれ?」」
「ゴールイン! コースをライトアップします!」
コースがパッと明るくなると、落とし穴に落ちそうになった金銀を北斗と南武が精一杯支えている状態になっているのが明らかになった。
「あ、貴女たち……」
「い、いや、これはちょっと……」
「こ、こんなはずでは……」
「助けて下さったのはありがたいのですが、その……変なところを触らないで下さる?」
「す、すみません!」
「こ、これは不可抗力というやつです……」
「……その割にはなんだか嬉しそうだね、二人とも」
笑顔の北斗たちを葵がジト目で見つめる。
「上様⁉」
「あ~良かった。無事だったんだね」
「お陰様でね。ちょっとコケたけど、なんとかゴールイン出来たわ」
「いや~流石は上様だ。なあ! 南武!」
「え、ええ、全く!」
「で? いつまでそうやっているわけ?」
葵は金銀を大事そうに抱きかかえている二人を指差す。
「え? い、いや、体勢を引き上げないといけないから止むを得ないんだよ!」
「そ、そうです! 兄上の言う通りです!」
「ふ~ん、そうか、そういうことね。よく分かったよ」
「な、何が分かったのかな?」
葵に北斗が恐る恐る尋ねる。
「やたら肝試しにこだわると思ったけど、そういうスキンシップ狙いだったんだね……」
「ま、待ってください、それは大変な誤解です……!」
南武の制止も虚しく、葵はその場を去ってしまった。横から現れた爽が淡々と呟く。
「様子見にきたらまた面倒なことに……葵様へはそれとなくフォローを入れておきます」
「た、助かります!」
「持つべき物は爽姉ちゃんだ!」
「ですがそれはそれ。黄葉原兄弟さん。これはややマイナスポイントですね……」
「し、審判はするのですか⁉」
「そ、そりゃあないよ~」
「厳正かつ公平な審判をお願いされておりますので……失礼致します」
「ぐっ……」
「そ、そんな……」
爽もその場を去り、金銀の体勢を直した二人は膝をつく。将司が金銀に声をかける。
「金銀お嬢様、大丈夫でしたか……?」
「なんとかね、お陰で黄も二色塗り潰せました。体を張った甲斐があるというものです」
金銀は腕を組んで不敵な笑みを浮かべる。
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