「……レティさん、中の人は……」
小屋から出てきたレティは、首を横に振るだけで答える。
「そう、ですか……」
小さくそうつぶやくと、気遣うように彼女の顔を見つめた。
その視線に気づくと、レティは困ったように眉を寄せて。
「……大丈夫、まだやることがあるから、ね……」
そう言いながら、いまだ転がされ、呻いている男の元へと歩み寄っていった。
わざと大きな足音で近づけば、その度にビク、ビク、と男の体が震える。
ぐい、とブーツの先で転がし、仰向けにさせると、その表情は恐怖と混乱に満ちていた。
「な、なんだよ、なんなんだよお前らぁ!」
「うるさい」
ガスッ、と男の口を踏みつけ、黙らせる。
「……聞かれたことだけに答えて。
誰に雇われた?」
すらり……冷たい光を帯びた小剣を男の目の前に突きつける。
それ以上に、その眼光と声は冷たかった。
「ひっ、だ、誰が言うかっ」
「そう」
ひゅん、と音がした。
大きな血管を避け、腕に沿って……神経を辿っていくように。
「あぎゃっ、あ、あっ……」
「答えて」
神経を曝け出されたような感覚に混乱する男、それを気にすることもなく……踏みつけた。
「ぎゃあああああ!!」
土で汚れた分厚いブーツの底が、男の剥き出しの神経を踏みにじる。
ぐり、ぐり、と体重をかけながら
「答えて」
さらに、小剣が走った。
両腕、両足、胸、腹……全身の神経を剥き出しにされるような感覚、風が吹くだけでじわじわとした痛みが走り……その先を、想像してしまって。
「や、やめてくれ、話す、話すからっ!!」
そして、男はしゃべりだした。
王都にある、盗賊ギルド……を気取るごろつきの集団、その元締めに集められたこと。
この場所に来て小屋を占拠、戻ってきた彼女を拘束するよう指示されたこと。
外見の特徴は教えられていたが、その腕はかなり過小評価されて伝えられていたこと。
元締め曰く、わざわざ生け捕りにしようというくらいだから、自分の情婦で惜しかったんだろう、と。
「ふぅん……元締めが、そう言ったんだ?
……じゃあ、元締めの、さらに上がいるわけだ」
「そ、そう、か……いやっ、そいつは知らねぇ、ほんとうだ、本当に知らないんだ!」
それに対して返答をせずに、静かに男を見つめる。
……嘘感知にも引っ掛かっていない。嘘は、ついていない。
中途半端な情報でノコノコやってきたゴロツキというところか。
「そう、わかった」
「わ、わかってくれたんなら、もういいだろ?!
た、助けてくれ!!!」
男をしばらく、見下ろして。
レティは男を踏んでいたブーツを引いた。
「しゃべってくれたことだし、ね。
命は、取らない」
そう告げた瞬間、小剣が再び振るわれた。
男の肘、手首、膝、足首……その関節にある腱を、血をほとんど出さずに切り裂くと、男の悲鳴が響く。
「ひぃっ!! こ、殺さないって!」
「うん。命は、取らない。……私は。
……後は自分でなんとかしてね」
そう言われて、ようやっと男は自分の状況に気が付いた。
腱を切られ、まともに立つことも、腕で這い進むことすらできない状況で、一人、森の中。
「……この辺りは、野犬も、狼もいたんじゃなかったかな」
何の感情も籠らない声でそう言い放たれると。
男は、ショックのあまり白目を剥き、気絶した。
「エリー、お待たせ。……見苦しいものを見せたね……」
「いいえ、大丈夫です。……火を使わないだけ、まだ優しいでしょう?」
申し訳なさそうに謝るレティに、エリーは苦笑しながら手を振って返す。
従軍経験のある彼女だ、つまりは……少なくとも見たことは何度もあるのだろう。
「……そう。それと、もう一つ申し訳ないのだけど……」
「はい」
「……穴を掘るのを手伝ってくれないかな……テッドを、埋めてあげたい……」
「ええ、もちろん」
困ったように眉を寄せるレティへと、即座に微笑み返した。
小屋から少し離れた場所。
……転がる男の声も聞こえないくらいのところへと、二人でテッドの亡骸を運ぶ。
ちょうど良さそうな平らな場所を見つけると、そっとテッドを横たえて。
「ちょっと、離れててくださいね……よいしょ、っと、こうして……マナ・ブラスター」
ざくり、とゴロツキの使っていた剣を地面に突き刺すと、えぐれたそこへ、威力を落とし収束させたマナ・ブラスターを当てる。
えぐれたところから地面が掘り返され、穴が大きく、深くなっていく。
「……エリーにばかり、申し訳ない……」
「いいんですよ、シャベルだと時間かかりますし……。
……それに、私が掘るのと引き換えに……ってことにすれば、教えてもらいやすいかなって」
掘り進める地面へと視線を向けたまま、いたずらっぽい口調で笑い。
すぐに表情を改める。
「……あいつらへと攻撃した時のレティさんの、あれは……レティさんは『跳躍者(リーパー)』だったんですか?」
「『跳躍者(リーパー)』? ……その言葉自体は知らないけど……多分、意味するところはわかるし……そう、なんだと思う」
「ああ、この時代ではもう使われてない言葉なんですね……ほとんどいなくなっちゃったのかな」
わからないながらの真摯な答えに、エリーは納得したように頷き返した。
「私たちの時代では、レティさんのような……瞬間移動としか言えない移動ができる人、希少ながらそれなりにいたんですよ。
それを称して、『跳躍者(リーパー)』。
なぜそんなことができるのかはあの時代でも解明されず、異端扱いされ、あるいは神の子孫とも言われ……。
その空間に干渉する強力な能力は、いつか重大な事件や事故を起こすのでは、とも」
そこで一旦言葉を切ると、レティへと視線を移して。困ったような苦笑を浮かべた。
「本当にレティさんは、先祖返りとかなのかも知れませんね。
だから……ああ、なんだか何が言いたいのかわからなくなってきましたけど」
しばらく言葉を探すように空を見上げ……暮れ始めて赤く染まりだしたその輝きに、目を細める。
「うん。
……1500年経っちゃったけど。やっぱり、名残ってあるものなんですね。
それを感じちゃったんです。……私、あの瞬間……ちょっとだけ、嬉しかった」
その言葉に、レティは驚いたように軽く目を見開く。
自分の能力を見て、嬉しかった、なんて言われたのはもちろん初めてだ。
……そもそも、見せた後にまだ生きている人間はほとんどいないのだけれど。
「私、やっぱり、レティさんに会えて良かった。そう思ったんです、きっと」
言葉に、詰まる。
エリーの抱えているものは、レティにはわからない。
ただ、独りぼっちの心細さは知っている。覚えている。
そこを……打算であれ……拾われた時の気持ちも、きっとわかる。
「……私も、ね……エリーに会えて良かった、きっと」
そう、小さく呟いた。
野犬などに掘り返されないくらいの深さまで掘った穴にテッドを埋め、土を被せていく。
少しずつ、その姿が見えなくなっていくと……胸の奥に感じたことのない感覚を覚えた。
その感覚に名前を付ける暇もなく、作業を続けて……やがて、埋め終わり。
その上に、石を積んで簡易の墓碑にした。
「……さようなら、テッド」
「テッドさん、どうぞ安らかに……」
二人は、それぞれに別れの言葉を告げる。
しばらく目を閉じて……祈るような神はいないけれど。せめて、と黙とうする。
やがて、別れの儀式も終わり。
二人は顔を上げた。
「これから、どうします?」
「ん……ウォルスっていう街に行く。
そこに情報屋のボブじいさんがいるから、そこでもう少し情報が欲しい、かな……」
……そのボブじいさんも襲われている可能性は否定できないのだが。
それでも、手掛かりは多いに越したことはない。
まだ少しでも明るいうちに進もう、と歩き出す。
……一瞬だけ、振り返った。
山の端に消えゆく最後の光が、テッドの墓碑を淡く紅く染めていた。
混乱する状況の中、ようやっとたどり着いた場所
足元を落ち着かせる場所は、保たれていた。
そして、判明する、事実。
次回:安堵と疑惑と
そして、反撃は始まる。
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