「まず、カーチス氏の所業は間違いありません。
そして、エンドルク公爵が苦々しく思いながらも諫めきれなかったことも。
ですので、この依頼が出されることは十分考えられることと言えます。
次に、カーチス氏の今後ですが……
出立は明日の正午。
彼一人ではなく、供の者が付くことになります。
前衛となる戦士、魔術師と治癒術師、鍵開けや探索要因として盗賊、各一名ずつがつくとのこと。
……余談ですが、いずれも男性。公爵がここは譲らなかったそうです。
彼も国王陛下の手前無理に断ることはできなかったのでしょう。
これも、依頼主の情報通りですね」
情報を纏めた羊皮紙を片手にハンスが報告する。
その報告を聞いたグレッグは、鷹揚に頷いた。
「供の連中が面倒だが……厄介でもないな。
なあ、ゴースト?」
「……排除して問題がないのならば」
まるで、排除するのに手間がかからないかのように、簡単に彼女は頷く。
応じるように再度頷くと、グレッグはパチンと手を叩いた。
「それについては先方に確認済みだ。
目撃者が居ては困るから、な。
そんじゃ……実行に問題はないと確認できた。
ゴースト、実行してくれ。
ついでにな、遺跡のお宝が手に入るようならいただいてきちまえ」
「了解」
そう応えると、ゴーストは部屋から足音も立てずに出ていった。
「本当に、大丈夫なんですか?」
ゴーストが出て行ってからしばらくの後、ハンスがそうつぶやいた。
「なぁに、問題ない。
あいつにかかれば魔術師の類はいないも同じだ。
並みの戦士程度では時間稼ぎもできやしねぇ。
……カーチス本人がどれ程のもんか、だけが気になるがな」
「ゴーストに伝えはしましたが……とんでもない化け物ですよ、彼は。
能力だけなら、勇者と呼ばれるにふさわしいものを持っています。
……まあ、性格は……問題児なんて言葉では足りないほど破綻していますが」
ゴーストへの全幅の信頼を含めた気楽な声で応じるグレッグと、それでも心配そうなハンス。
……グレッグが知るほどには、ハンスは知らないのだ。ゴーストと呼ばれる彼女の特異性を。
もっとも、グレッグは片腕たるハンスにすら、ゴーストの全てを教えるつもりはないのだが。
自室に戻ったゴーストは、準備していた装備を身に着けていく。
胸当て、小手、脛当て……普段使わないが、訓練で時折身に着け体に馴染ませたそれらは、動きの妨げにならないくらいに程よく体を締め付ける。
身に着けた後、具合を確かめるために軽く跳びはねた。
ふわり……するり……重さを感じさせない動き、足音も立てず、衣擦れ以外音もなく。
そうして普段との違いを確認しながら、その重さにアジャストしていく。
それが終わると今度は小剣を腰に吊るし、短剣を二本、腰の後ろに納める。
胸元と肩口には投げナイフも仕込んだ。
機械的で淀みないその動きは、在るべき物を在るべき場所に納めていく。
その他の荷物を詰め込んだ背負い袋を背負い、再度軽く跳びはねて具合を確認する。
「……問題なし……行こう」
そう、自分に指令を下すかのよう呟くと。
自室を出て、外へと向かった。
カーチス達が出立して、その後を追うようにゴーストも王都を離れた。
彼らに気づかれることなく……むしろ、誰にも気づかれることなく、先行する。
途中の町でつなぎと呼ばれるギルドメンバーのテッドに連絡を取り、グレッグからの指示を伝達。
ゴースト自身はさらに先行して行き……王都北西に位置する森の中、カーチスが目標とする遺跡の入り口へと到達した。
遺跡は……生きていた。
地崩れでも起こしたのだろうか、崩落した山肌から覗く洞窟。
そこから少し入ったところに、金属質な扉が存在していた。
古代魔法文明時代のものであることを証明するかのように、魔法文字が刻まれ、その文字やそれを補助する文様が光輝いている。
その向こう側には……相当数の魔物の気配。
「……これは、彼らが来るまで待つほうが良さそうだね……」
誰にともなくそう呟く。
彼女は間違いなく一流の暗殺者だ。
しかし、その技術はあくまでも対人間のもので……人間大以上のサイズを持つ魔物相手には通用しないことが多い。
扉の向こうから感じる気配は、いくつかは人型で、いくつかは……明らかにそれよりも大型だ。
となると、魔物を排除しながら先行して、奇襲に有利な場所を維持し続けるのは難しいと考えるべきだろう。
そう判断すると、入り口から離れ、森の中へと消えていく。
事前に取り決めた、テッドと落ち合う場所へと向かって。
知ったからこその恐怖もあることを、男は初めて知った。
知ってなお止まらぬ少女に、かけられる言葉は祈りのみ。
そして、対決の時が迫る。
次回:人ならざるモノ
それでも、人の形をとるモノならば。
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