暗殺少女は魔力人形の夢を見るか

鰯づくし
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遺跡の森へ

公開日時: 2020年9月2日(水) 02:04
文字数:1,804

「まず、カーチス氏の所業は間違いありません。

そして、エンドルク公爵が苦々しく思いながらも諫めきれなかったことも。

ですので、この依頼が出されることは十分考えられることと言えます。


次に、カーチス氏の今後ですが……

出立は明日の正午。

彼一人ではなく、供の者が付くことになります。

前衛となる戦士、魔術師と治癒術師、鍵開けや探索要因として盗賊、各一名ずつがつくとのこと。

……余談ですが、いずれも男性。公爵がここは譲らなかったそうです。

彼も国王陛下の手前無理に断ることはできなかったのでしょう。

これも、依頼主の情報通りですね」


情報を纏めた羊皮紙を片手にハンスが報告する。

その報告を聞いたグレッグは、鷹揚に頷いた。


「供の連中が面倒だが……厄介でもないな。

なあ、ゴースト?」

「……排除して問題がないのならば」


まるで、排除するのに手間がかからないかのように、簡単に彼女は頷く。

応じるように再度頷くと、グレッグはパチンと手を叩いた。


「それについては先方に確認済みだ。

目撃者が居ては困るから、な。

そんじゃ……実行に問題はないと確認できた。

ゴースト、実行してくれ。

ついでにな、遺跡のお宝が手に入るようならいただいてきちまえ」

「了解」


そう応えると、ゴーストは部屋から足音も立てずに出ていった。


「本当に、大丈夫なんですか?」


ゴーストが出て行ってからしばらくの後、ハンスがそうつぶやいた。


「なぁに、問題ない。

あいつにかかれば魔術師の類はいないも同じだ。

並みの戦士程度では時間稼ぎもできやしねぇ。

……カーチス本人がどれ程のもんか、だけが気になるがな」

「ゴーストに伝えはしましたが……とんでもない化け物ですよ、彼は。

能力だけなら、勇者と呼ばれるにふさわしいものを持っています。

……まあ、性格は……問題児なんて言葉では足りないほど破綻していますが」


ゴーストへの全幅の信頼を含めた気楽な声で応じるグレッグと、それでも心配そうなハンス。

……グレッグが知るほどには、ハンスは知らないのだ。ゴーストと呼ばれる彼女の特異性を。

もっとも、グレッグは片腕たるハンスにすら、ゴーストの全てを教えるつもりはないのだが。




自室に戻ったゴーストは、準備していた装備を身に着けていく。


胸当て、小手、脛当て……普段使わないが、訓練で時折身に着け体に馴染ませたそれらは、動きの妨げにならないくらいに程よく体を締め付ける。

身に着けた後、具合を確かめるために軽く跳びはねた。


ふわり……するり……重さを感じさせない動き、足音も立てず、衣擦れ以外音もなく。

そうして普段との違いを確認しながら、その重さにアジャストしていく。


それが終わると今度は小剣を腰に吊るし、短剣を二本、腰の後ろに納める。

胸元と肩口には投げナイフも仕込んだ。


機械的で淀みないその動きは、在るべき物を在るべき場所に納めていく。

その他の荷物を詰め込んだ背負い袋を背負い、再度軽く跳びはねて具合を確認する。


「……問題なし……行こう」


そう、自分に指令を下すかのよう呟くと。

自室を出て、外へと向かった。






カーチス達が出立して、その後を追うようにゴーストも王都を離れた。

彼らに気づかれることなく……むしろ、誰にも気づかれることなく、先行する。


途中の町でつなぎと呼ばれるギルドメンバーのテッドに連絡を取り、グレッグからの指示を伝達。

ゴースト自身はさらに先行して行き……王都北西に位置する森の中、カーチスが目標とする遺跡の入り口へと到達した。



遺跡は……生きていた。


地崩れでも起こしたのだろうか、崩落した山肌から覗く洞窟。

そこから少し入ったところに、金属質な扉が存在していた。

古代魔法文明時代のものであることを証明するかのように、魔法文字が刻まれ、その文字やそれを補助する文様が光輝いている。

その向こう側には……相当数の魔物の気配。


「……これは、彼らが来るまで待つほうが良さそうだね……」


誰にともなくそう呟く。


彼女は間違いなく一流の暗殺者だ。

しかし、その技術はあくまでも対人間のもので……人間大以上のサイズを持つ魔物相手には通用しないことが多い。


扉の向こうから感じる気配は、いくつかは人型で、いくつかは……明らかにそれよりも大型だ。

となると、魔物を排除しながら先行して、奇襲に有利な場所を維持し続けるのは難しいと考えるべきだろう。


そう判断すると、入り口から離れ、森の中へと消えていく。

事前に取り決めた、テッドと落ち合う場所へと向かって。

知ったからこその恐怖もあることを、男は初めて知った。

知ってなお止まらぬ少女に、かけられる言葉は祈りのみ。

そして、対決の時が迫る。


次回:人ならざるモノ


それでも、人の形をとるモノならば。

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