暗殺少女は魔力人形の夢を見るか

鰯づくし
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「ゴースト」と呼ばれる理由

公開日時: 2020年9月2日(水) 02:06
文字数:2,803

捉えた。避けられるはずはない。

そう、確信して、振りぬいた。


「な!?」


だが、感じたのは虚空を裂く感覚、床を打つ反動。

女が目の前から消えている。


空振り、だ。


何が起こった?

そう考える理性と。


後ろだ、と告げる本能。


こんな時は決まっている。本能に従うのだ。

勢いの付いた体を無理に引き留め、引っ張り上げて。


「おらっ!!」


振り返りすらせず、床を打って跳ね上がった刃を背後に向かって振りぬいた。

いや、振りぬこうとした。


それに僅かに先んじる、後頭部への冷たい痛み。

小剣が、延髄を切り裂いた感覚。

そこまで理解したかはわからないが…致命的な何かを感じながら。

それでも振りぬこうとした。


しかし。


刃は、女の首筋を捉えて……だが、それだけで。

すぅ……と力なく重力に引かれて……地面へと、落ちた。


……ああ、一歩足りなかったか……。


そう、理解して。

体に力が入らなくなるのを感じると、これが死なのかと理解する。


なんとも……なんとも、愉快だった。


好きに暴れ、振舞った人生。

その幕引きが、こんな理解できない結末。

そんな存在でなければ自分を止められなかったのだと思うと、妙に愉快だった。


「次は地獄で待ってるぜ……」


動かないはずの横隔膜を動かして。

力を失っていた唇を動かして。

にやりと獰猛な笑みを浮かべると……糸が切れたように、床へと崩れ落ちた。


抜けるような白い肌に、一筋赤い痕が残る。

それが、彼の最後に残したものだった。


「……勝手に一人で行っててよ……」


大きく、腹の底から息を吐きだした。

そうしていながら、視線はまだカーチスから動かない。

床へと崩れ落ちた彼、しかし、あれだけの力を持つ男だ、死を確信するまで油断はできない。


ほんのわずかの間の戦闘だったが……全霊を使い果たす程に消耗した。

一手でも間違えていれば、ああなっていたのは自分だったと理解している。

だからこそ、万全に準備し、そして……敢えて、博打を打った。


彼女の持つ最大の異能、それは「瞬間移動」だった。


視認できる範囲、あるいは探知魔術などで知覚できる場所、そして以前行ったことを覚えている場所へと、瞬間的に移動できる。

それが、ゴーストが数々の不可能と思われる暗殺を成功させてきた秘密だった。

逆に言えば、行ったことのない場所、知覚していない場所へは行けないため、初めての場所には徒歩で行く必要があるが。

恐らく魔術的な何かなのだろうが、その原理は本人も理解していない。

幼児のころに発動したそれは、両親を恐れさせ、彼女を捨てさせるに至り……ゆえにグレッグに拾われた。


その能力は、あまりにも暗殺者向きだった。


だが、その異能をもってしても、カーチスに勝ち切る確信はなかった。


背後に瞬間移動してからの奇襲。

それにすら反応し、こちらの一撃が届く前に切り払われる。

カーチスの戦いぶりを観察していた彼女は、そう結論付けていた。


事実、空振りをさせて体勢を崩した後ですら、首筋の皮一枚切られるまで迫られていたのだ。

これが崩れていない時であったなら……間違いなく、ゴーストの首は飛んでいた。


つまりは……カーチスの前に姿を現したのは作戦の一環。

わざと身をさらし、わざと攻撃させ、体勢が崩れるタイミングを誘ったのだ。


「本当に、厄介な奴だった……」


過去形で言えることに、安堵する。

そうしてしばらく呼吸を整えると、カーチスに慎重に歩みより……首筋、頸動脈を切り裂いた。

心臓も既に止まっていたのだろう、吹き出す血の勢いは弱く。

やがて、止まり。

さらに一分ほど観察してその死を確認すると、カーチスの傍に膝を付く。


首へと手をまわし、かけていた聖印を取り外す。

……血に汚れたそれは、なんとも背徳的な雰囲気を漂わせていたが、ゴーストは意に介さず。

手ぬぐいでごしごしと乱雑にふき取ると、懐に入れた。


「さて、後はあれかな」


呼吸が整うと、もはや先ほどまでの激闘の余韻もなく。

淡々と呟き、視線を変える。


恐らくはこの遺跡が守っていたもの。

カーチスが獲得するつもりだったもの。

そしてグレッグが「ついでにいただいてこい」と言ったもの。

それがあるであろう場所へ。



そこは、遺跡中を這いまわっていたパイプが集約していくような場所だった。

何か操作端末にも見える机にはボタンがいくつも配置されており。

その奥には、巨大な……人一人簡単に入ることができそうなタンクが複数。

どうやらこれがこの遺跡の『お宝』らしい。


「さすがに、これは……持って帰れないのだけど」


珍しく困ったような声を出し、カプセルを見つめた。

ついで、操作端末に目を向ける。


これを操作すれば何か起こるのだろうか。

このお宝を運びやすくできればいいのだが。


多少魔術の素養があるとは言え、本格的な研究者ではない。

見てもどんな意味のあるボタンなのか、配列なのか、理解することはできなかった。

適当に、ポチポチとスイッチを触る。


少し、身を乗り出して……その時、ポタリと首筋から血が落ちて。

ぱたり、と一枚のパネルを汚した。



途端、パイプが放つ光が増し、端末が息を吹き返したかのように輝き始める。

何事? と周囲を観察する彼女に、急に声が聞こえた。


『血液反応を確認、魔力ランクB、マスターとして登録可能。適性を確認……条件付きでクリア』

『血液パターン、魔力パターンを登録。マスターとして認証しました』


何やら勝手に進み始める状況に、理解が追い付かない。

言っている言葉の一つ一つは理解できるのだが……それらが纏まって意味するところがわからない。


『マスター名称を登録します。お名前をどうぞ』


「え?わ、私、は……」


ゴースト、と言いかけた。

だが、なぜか……それではいけない、と直感的に感じた。

しばらくの沈黙の後、告げたのは。


「私は、イグレット。

私の名前は、イグレット、だよ……」


今となってはもはや誰も使うことのない、自身ですら使っていなかった名前を告げる。

すると、光は一層強まり……強い魔力を発し始めて。


『マスター名称を「イグレット」で登録しました。

以降、あなたをマスターとして認識します』


ゴーストが……いや、イグレットが茫然としていると。

目の前でゆっくりとカプセルが開き始めた。


中から現れたのは、自分と同じくらいの年に見える少女。

背は少し低く、緩く波打つ長い金髪と相まってやや幼い印象を受ける。

溢れる魔力で波打つのは、青白いワンピースのようにも見えるローブ。

その上から羽織った貫頭衣にもローブにも金糸で精緻な魔術文様が刺繍されていた。


ゆっくりと開かれた瞳は、空の色を思わせる青。

イグレットを認めると、にこりと微笑んだ。


「初めまして、マスター。

私は戦闘戦術級マナ・ドール、エリミネイター。

どうぞ、エリーとお呼びください。

マスターのお名前は、イグレット……レティ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


いまだ理解できないままに。

曖昧に、頷いてしまった。



これが、道具として育てられた少女と。

道具として作られた少女の、最初の出会いだった。

出会うはずのなかった二人。

時代が、場所が、立場が違う。それなのに。

それでも、そこで出会った意味があるのだとしたら。


次回:「魔力人形」と称する少女


今はまだ、誰もその意味を知らない。

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