……依頼者が去った後。
グレッグがパチンと指を鳴らすと、壁の一部が音もなく開いた。
そこから、男女二人が出てくる。
一人は、ゴーストと呼ばれた少女。
もう一人は神経質そうな表情をした、20代後半くらいの男。
「どうだ、ゴースト。奴の言っていたことに、嘘は?」
「嘘は無かった。彼は事実のみを告げている」
淡々と告げるゴーストに、グレッグは納得したように頷いた。
彼女をこの場に同席させた理由が、それだ。
ゴーストはいくつか特殊な能力を持っている。
そのうちの一つが、探知系と呼ばれる魔術系統を得意としていることだ。
魔術。
この世界の大気中を漂う魔素と呼ばれるエネルギーを取り込み、人ならざる現象を起こす術。
多くの人間はそれを操ることはできないゆえに、それを成し得る人間は重宝され、一定の地位を得る。
俗に魔術師と呼ばれるものがそれだ。
中でも特に治癒魔術に精通した者を治癒術師と呼んだりもするが。
彼らのほとんどは、王族や貴族に召し抱えられる。
そして、その力を……戦争の道具として振るうことになる。
そのため、大体の場合魔術師は攻撃魔術のみを探求し極める。
戦場での活躍こそが彼らの存在意義であり、彼らの地位を、待遇を高める道だからだ。
故に、探知系のような地味な魔術を好んで探求する魔術師はほとんどいない。
しかし、それ以外の存在であれば、探知系は十分に有用なのだ。
例えば、斥候。例えば盗賊。例えば冒険者と呼ばれるならず者。
そして、当たり前だが……暗殺者にも十分有用だ。
とはいえ、暗殺者に身をやつすような人間で魔術の素養を持つものは稀なのだが。
幸か不幸か、ゴーストにはその素養があった。
そして、それを伸ばす上で身に着けた魔術の一つが、『嘘感知』だ。
この魔術、暗殺稼業では依頼受注において実に有用なもの。
其の為、グレッグはゴーストを傍に隠していたのだ。
「ハンス、裏取りはどれくらいでできる?」
「エンドルク家のカーチス氏はいずれ誰かからのターゲットになるであろうことは、予測できていましたからな。
既に粗方調査済み、任務に必要な情報を固めるまでには一日もあれば十分かと」
「おう、流石だな」
ハンスの答えに満足そうに頷く。
彼は、裏世界の人間として腕っぷしは物足りない。
だが、その性格と頭の回転はこんな稼業だからこそ有用だった。
緻密さを好み、合理主義であり、石橋を叩いて渡る慎重さを持つ。
そのため、このギルドの金庫番であり、情報収集の要として欠かせない存在となっていた。
「ようし、ならこのまま進めて問題ないな。
ハンス、情報が纏まったらすぐ持ってこい。
ゴーストは装備を用意しておけ。外向き装備だ」
「かしこまりました」
「了解」
ハンスが、続いてゴーストが頷く。
直ぐに、それぞれがそれぞれの役割を果たすために動き出した。
「さあて、一儲けさせてもらいますかね」
実に楽しそうに、獰猛に……グレッグは笑みを浮かべた。
ゴーストは部屋に戻ると、クローゼットを開けた。
中を確認し、任務に必要と思われる物を取り出していく。
まずは、防具。
今回の任務では、正面切っての戦闘もあり得る。
あるいは、道中で魔物や賊の襲撃に遭遇する可能性もある。
となれば身を守る装備は最低限以上に必要となるであろう。
取り出したのは、革の胸当て。
良くなめした厚手の革を特殊な薬品で煮ることにより硬さと軽さを両立した、リジッドレザーと呼ばれる材質で作られたそれは、彼女の身動きを邪魔しない簡素さと重要な臓器を守るに十分な大きさを両立している。
同じ材質で作られた小手と脛当ても取り出すと、その具合を確かめる。
良く手入れされたそれらは、全く問題なく機能しそうだ。
次に取り出したのは小剣(ショートソード)。
全く飾り気のないそれを鞘から抜き放ち、研ぎ具合と拵えの確かさを確認する。
この辺りではあまり見ない、少し反りのある片刃のそれ。
刀身の側面には薄く幾筋かの溝が彫られている。
普段の『仕事』は短剣(ダガー)で十分だが、今回は魔物を相手にする可能性もある。
それに対抗するためにはある程度以上の威力を持つ武器が必須で、使い慣れている武器の中で一番大振りなのが、このショートソードなのだ。
後は、いざという時のための即効性神経毒。
即死はさせられないが、一瞬で動きを奪える優れものだ。
その他、シャッター付きのランタン……油ではなく魔力による光で持続時間が長く、シャッターの開閉で光量を調整をできるもの。
鍵開けのための針金など各種ツール。
野営のための毛布、敷毛布。飲み水を入れる革袋。
それらを持ち運ぶための背負い袋。
普段あまり使うことのないそれらは、しかし普段から暇を見てはメンテナンスをしていたため問題なく使えそうだ。
後は道中で食べる保存食だが、これは出発の直前に手配してもらえば十分だろう。
装備を確かめた彼女は、満足そうに頷いた。
こちらの準備は整った。後は情報が揃えば準備完了。
そう結論付けると、それらを装備を床の隅にまとめて。
日課のストレッチ…自分の体のメンテナンスを始め。
自分の体も準備は問題ないと確認し。
翌日に備えるためにベッドへと潜り込んで……また、寝ているとも横になっているだけともつかない状態へと移行した。
知ることが恐怖ではない。
知らぬまま、理解しないことこそが恐怖だとは誰が言ったか。
かつてない厄介な相手、しかし彼女はひるまない。
次回:遺跡の森へ
深い森が隠すのは、あるいは人の業か。
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