「……驚いた。気づかれていないと思っていたのに」
そう言うと、ゴーストは扉から姿を表した。
「まじでいたのかよ……我ながら大したもんだぜ」
「……?
……まさか……ただの当てずっぽう……?」
「まぁな、なんとなく嫌なもんを感じてただけなんだが……こいつらが居なくなってんだ、間違えても恥はかかねぇ。
まぐれ当たりならめっけもん、ってな」
ははっ、と実に気楽そうに笑う。
仲間を手にかけた直後、自身を狙う相手と対峙している人間の態度とも思えない。
ああ、同類か
ゴーストは納得した。
何かが、どこかが壊れている存在。
桁外れの力と、人の理の中にない意識。
それらは、実に馴染みがあるものだった。
「なるほど……駆け引きは私の負け、だね……。
まあ、これからが本番なのだけど」
ゆっくり、静かに……足音もなく、近づいていく。
その姿に、カーチスはぴくりと眉を動かした。
近づいてくる、それはわかる。
だが、まとわりつく違和感……これは、なんだ。
もう数瞬、観察して……気づいた。
見えないのだ、動きが。
正確には、動きの起こりが見えないのだ。
普通の人間ならば、ほとんどの場合動く前に予備動作がある。
歩くだけにしても、実は重心を動かす予備動作があるのだが……彼女の歩みにはそれがない。
見えない糸で操られる操り人形のように。
起こりもなく、重力の影響もなく浮くように滑るように。
カーチスへと向かって無雑作に歩みを進める。
「なるほど……こいつは、上物、だっ!」
理解してしまえば、警戒はすれど恐れることはない。
滑らかな動きだが、反応できない速さで叩き潰せばいい。
……剣が届くはずもない遠い間合い。
そこに彼女が入った瞬間に……弾けるように飛び出した。
一足一刀の間合い、という概念がある。
一歩踏み込めば刀が届く間合い、くらいの意味だ。
普通の人間ならば、踏み込みで1m、剣の長さで1m、せいぜいが2mほどで、達人で3mだろうかの間合いだ。
だが、カーチスのそれは、常識外れのものだった。
5m以上の距離を、恐ろしい速さで詰めて……上段に振りかぶった剣を、鉄すら切り裂く鋭さで振り下ろす。
しかし、対するゴーストも規格外。
今までの観察でカーチスの間合いを掴んでいた彼女は、その攻撃があり得ると理解していた。
来る、と見えて。
恐ろしい速さの剣撃を、手にした小剣を合わせるように迎え撃った。
カーチスの剣に比べればあまりに遅いその動き。
しかしそれは、ゴーストの頭を長剣が捉える前に割って入り、その側面にまとわりつき、受け流す。
速さで遥かに劣りながら、異様に洗練された無駄のない動き……常軌を逸した反復練習の末に身に着けた、機械もかくやという精緻さを極めた動き。
それが、彼との速度差を埋めた。
受け流された、いや、その前に、受け流される、とカーチスは気づいていた。
無理に逆らわず、受け流されるままに流され……それを予測していたがゆえに、急制動。
刃を止め、くるりと返して横なぎに払う。
受け流した剣の勢いの変化に、崩しきれないと感じたゴーストはわずかに重心を移動させる。
刃が、思っていたよりも遥かに早く止まる。
考える暇もなく体が動き、後ろに飛んだ。
その一瞬……いや、半瞬後に、ゴーストの胴があった場所を刃が駆け抜けて行く。
……わずかに、リジッドレザーの胸当てが、えぐられた。
勢いのまま数歩下がり、小剣を構えなおす。
「いやはや、ほんっとに大したもんだ。
俺に二撃使わせて仕留められなかった奴はいないんだぜ?」
実に楽しそうに、笑う。
だが、その目は笑っていない。
自分がそこまでして仕留められなかった。
そのことに、憤りを感じている目だ。
「そう。それはお互い様、だね」
軽く応じながら、気づかれないように呼吸を整える。
本来ならば奇襲が専門のゴーストにとって、真正面からの打ち合いは消耗が大きい。
今はまだ、問題ないが……このまま続けば、押し切られるのは間違いなかった。
「そりゃ結構。てことはお前を仕留めれば、当面敵はいないってことだ!」
そう吐き捨てると、また踏み込んできた。
先程よりも、さらに速い……まだ、余力を残していたらしい。
だが、先ほどの攻撃が全力でなかったことをゴーストは理解していた。
考え得る最悪の速度。それを下回っていたからだ。
そして、次なる攻撃は、まだ予想の範囲内だった。
……ただし、予想の上限の速度でもあった。
「これも捌くか、ならこれはっ!」
振り下ろされる刃を、何とか受け流す。
と思えば、足元から切り上げられるのを跳んでかわす。
動きが制限されるその跳躍の僅かの間に、間合いを詰められた。
繰り出された突きを小剣で弾きながら、地面へと転がり、逃れる。
すぐに立ち上がったそこへ、またカーチスが迫り……横なぎ、に見せて。
これは本命ではない……フェイント。
振り抜かれるはずの斬撃が、折りたたまれるように胴へと引き付けられ、突きへと変化する。
なんとか感じ取れたその攻撃を、大きく横に飛ぶことで回避した。
そのまま転がり、駆け抜けて……大きく間合いを取る。
「……いい加減、やられてくれないかね?」
あれだけの連撃を繰り出しながら、息一つあがっていない。
対して彼女は、表情こそ崩れていないが……息が弾んでいた。
「こちらも、仕事なので……ね」
一つ、大きく呼吸をした。
深呼吸ほどには回復しないが……そんな暇を与えてくれる相手でもない。
そして、今度は彼女から間合いを詰めた。
「おう? 良い根性してんじゃねぇか!」
それはさすがに予想していなかったらしく……だが、天性の勘で感じ取ったらしく。
当たり前のように足を踏み留め、待ち受ける。
……待ち受ける、ように見せた。
一瞬の静止からの、急加速。
相手の呼吸は崩した。長剣と小剣、間合いは有利。
これで、仕留める。
完璧なタイミングで、完璧な一撃を、人の反応できない速さで繰り出した。
いつからか、その名で呼ばれていた。
何故かは、明らかだった。そう、あまりに、嫌でも自覚する程に。
それでも、それを背負って行かねばならぬというのなら。
次回:「ゴースト」と呼ばれる理由
それは、死を運ぶもの。
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