暗殺少女は魔力人形の夢を見るか

鰯づくし
鰯づくし

人でなしと暗殺道具

公開日時: 2020年9月2日(水) 02:06
文字数:2,351

「……驚いた。気づかれていないと思っていたのに」


そう言うと、ゴーストは扉から姿を表した。


「まじでいたのかよ……我ながら大したもんだぜ」

「……?

……まさか……ただの当てずっぽう……?」

「まぁな、なんとなく嫌なもんを感じてただけなんだが……こいつらが居なくなってんだ、間違えても恥はかかねぇ。

まぐれ当たりならめっけもん、ってな」


ははっ、と実に気楽そうに笑う。

仲間を手にかけた直後、自身を狙う相手と対峙している人間の態度とも思えない。


ああ、同類か


ゴーストは納得した。

何かが、どこかが壊れている存在。

桁外れの力と、人の理の中にない意識。

それらは、実に馴染みがあるものだった。


「なるほど……駆け引きは私の負け、だね……。

まあ、これからが本番なのだけど」


ゆっくり、静かに……足音もなく、近づいていく。


その姿に、カーチスはぴくりと眉を動かした。

近づいてくる、それはわかる。

だが、まとわりつく違和感……これは、なんだ。


もう数瞬、観察して……気づいた。

見えないのだ、動きが。

正確には、動きの起こりが見えないのだ。


普通の人間ならば、ほとんどの場合動く前に予備動作がある。

歩くだけにしても、実は重心を動かす予備動作があるのだが……彼女の歩みにはそれがない。


見えない糸で操られる操り人形のように。

起こりもなく、重力の影響もなく浮くように滑るように。

カーチスへと向かって無雑作に歩みを進める。


「なるほど……こいつは、上物、だっ!」


理解してしまえば、警戒はすれど恐れることはない。

滑らかな動きだが、反応できない速さで叩き潰せばいい。


……剣が届くはずもない遠い間合い。

そこに彼女が入った瞬間に……弾けるように飛び出した。


一足一刀の間合い、という概念がある。

一歩踏み込めば刀が届く間合い、くらいの意味だ。

普通の人間ならば、踏み込みで1m、剣の長さで1m、せいぜいが2mほどで、達人で3mだろうかの間合いだ。


だが、カーチスのそれは、常識外れのものだった。

5m以上の距離を、恐ろしい速さで詰めて……上段に振りかぶった剣を、鉄すら切り裂く鋭さで振り下ろす。


しかし、対するゴーストも規格外。

今までの観察でカーチスの間合いを掴んでいた彼女は、その攻撃があり得ると理解していた。


来る、と見えて。


恐ろしい速さの剣撃を、手にした小剣を合わせるように迎え撃った。

カーチスの剣に比べればあまりに遅いその動き。


しかしそれは、ゴーストの頭を長剣が捉える前に割って入り、その側面にまとわりつき、受け流す。

速さで遥かに劣りながら、異様に洗練された無駄のない動き……常軌を逸した反復練習の末に身に着けた、機械もかくやという精緻さを極めた動き。

それが、彼との速度差を埋めた。


受け流された、いや、その前に、受け流される、とカーチスは気づいていた。

無理に逆らわず、受け流されるままに流され……それを予測していたがゆえに、急制動。

刃を止め、くるりと返して横なぎに払う。


受け流した剣の勢いの変化に、崩しきれないと感じたゴーストはわずかに重心を移動させる。

刃が、思っていたよりも遥かに早く止まる。


考える暇もなく体が動き、後ろに飛んだ。

その一瞬……いや、半瞬後に、ゴーストの胴があった場所を刃が駆け抜けて行く。

……わずかに、リジッドレザーの胸当てが、えぐられた。


勢いのまま数歩下がり、小剣を構えなおす。


「いやはや、ほんっとに大したもんだ。

俺に二撃使わせて仕留められなかった奴はいないんだぜ?」


実に楽しそうに、笑う。

だが、その目は笑っていない。

自分がそこまでして仕留められなかった。

そのことに、憤りを感じている目だ。


「そう。それはお互い様、だね」


軽く応じながら、気づかれないように呼吸を整える。

本来ならば奇襲が専門のゴーストにとって、真正面からの打ち合いは消耗が大きい。

今はまだ、問題ないが……このまま続けば、押し切られるのは間違いなかった。


「そりゃ結構。てことはお前を仕留めれば、当面敵はいないってことだ!」


そう吐き捨てると、また踏み込んできた。

先程よりも、さらに速い……まだ、余力を残していたらしい。


だが、先ほどの攻撃が全力でなかったことをゴーストは理解していた。

考え得る最悪の速度。それを下回っていたからだ。

そして、次なる攻撃は、まだ予想の範囲内だった。


……ただし、予想の上限の速度でもあった。


「これも捌くか、ならこれはっ!」


振り下ろされる刃を、何とか受け流す。


と思えば、足元から切り上げられるのを跳んでかわす。

動きが制限されるその跳躍の僅かの間に、間合いを詰められた。

繰り出された突きを小剣で弾きながら、地面へと転がり、逃れる。


すぐに立ち上がったそこへ、またカーチスが迫り……横なぎ、に見せて。

これは本命ではない……フェイント。

振り抜かれるはずの斬撃が、折りたたまれるように胴へと引き付けられ、突きへと変化する。

なんとか感じ取れたその攻撃を、大きく横に飛ぶことで回避した。


そのまま転がり、駆け抜けて……大きく間合いを取る。


「……いい加減、やられてくれないかね?」


あれだけの連撃を繰り出しながら、息一つあがっていない。

対して彼女は、表情こそ崩れていないが……息が弾んでいた。


「こちらも、仕事なので……ね」


一つ、大きく呼吸をした。

深呼吸ほどには回復しないが……そんな暇を与えてくれる相手でもない。

そして、今度は彼女から間合いを詰めた。


「おう? 良い根性してんじゃねぇか!」


それはさすがに予想していなかったらしく……だが、天性の勘で感じ取ったらしく。

当たり前のように足を踏み留め、待ち受ける。

……待ち受ける、ように見せた。


一瞬の静止からの、急加速。

相手の呼吸は崩した。長剣と小剣、間合いは有利。


これで、仕留める。


完璧なタイミングで、完璧な一撃を、人の反応できない速さで繰り出した。

いつからか、その名で呼ばれていた。

何故かは、明らかだった。そう、あまりに、嫌でも自覚する程に。

それでも、それを背負って行かねばならぬというのなら。


次回:「ゴースト」と呼ばれる理由


それは、死を運ぶもの。

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