「……あなたたち、何をしているの?」
小剣に手をかけたまま、低く抑えた声でレティは問いかけた。
後ろに控えていたエリーがびくっと震えてしまうほどに冷たい空気が漂い始める。
だが、男たちは鈍いのか、大物なのかそれに気づくこともなく……ニヤニヤと近づいてきた。
「何って、野暮用さ。それよりも姉ちゃんに聞きたいことがあんだけどよ?」
すぅ、と目が細められる。
「……先に答えて。……テッドはどうしたの」
「あん、テッド? ……ああ、あいつか。
中でくたばってんじゃねぇか?」
ゲラゲラと嫌な声で笑ったのを聞いた瞬間。
「エリー、左」
「はいっ」
即座に、後ろでひっそりと魔力を溜めていたエリーから光弾が放たれ、三人組の中で左側に立っていた男の胸板を貫いた。
と、同時に。
「あ?」
レティの姿は、ほんの一瞬前にいたところから消えていた。
気の抜けるような声。
何が起こったかわからないまま、右側に立っていた男ががくんと糸が切れたように崩れ落ちる。
その背後に、レティはいた。
いつのまにか抜き放った小剣から、僅かに血が滴り落ちていて。
呆気に取られ目を瞬かせる男がレティに気が付くよりも早く、さらに動く。
体を倒しながら男の背後に滑るように踏み込むと、剣を持った右手親指の付け根へと突きを滑り込ませる。
剣を引き戻す反動で、踏み込んだ足に体を寄せつつ右足首の裏、アキレス腱を切り裂いた。
「いでっ!?」
男が痛みに反応して剣を取り落とすのと同時に左膝裏の腱を斜めに切り上げつつ、体を起こし、伸び上がり。
くるりと刃を返し、左肩、右肩、と順に小剣を走らせて。
両足に力が入らなくなった男は、隣に倒れる男と同じようにぐしゃりと崩れ落ちた。
「あぎぃっ、いてぇ、いでぇっ!!」
ようやっと全身を襲った痛みを知覚できたのか、大声で悲鳴を上げながら男は身もだえる。
腕にも力が入らず、暴れることすらできない。
そんな男を一顧だにせず、男の持っていた剣を遠くへと蹴り飛ばすと。
「エリーごめん。そいつを見張っていて」
「は、はいっ、あの、お気をつけてっ」
色々聞きたいことはある。だが、それはまた後だ。
そう思いながら、エリーは小屋へと入る背中を見送った。
小屋の中に入ると、予想通りの光景が広がっていた。
手足を縛られ、変形する程に顔面を殴られたテッドが床に転がっている。
体のいたるところに刺し傷もついていて。
「テッド、生きてる?」
一瞬室内に視線を走らせ、他に仲間がいないことを確認するとテッドへと駆け寄る。
「……ぅ……ご、ゴースト、か……?
お前、なんで……」
「仕事が思ったより早く終わったから。
それより手当を……」
そこまで言ったところで、言葉を飲む。
間近で見たその傷の深さ、血の量、何よりも彼の顔に浮かぶ死相に、悟ってしまう。
誰よりも間近で数多の死を看取ってきたのだ。わからないはずがない。
……助からない。
「い、いよ……自分の体のことはっ、自分が……ぐふっ、一番、良くわかるってなぁ……ほんとだったんだなぁ……」
幾度か咳込みながら、テッドは力なく笑みを浮かべた。
笑み、のはずだ。表情すら、もうほとんど動かせない。
「無理にしゃべらないで、傷が……」
「ははっ……折角お前がっ……間に合ったん、だ……しゃべらせてくれよ……
あいつらは、っ、明らかに、ここを知っていた……俺が、いることも……な……」
止めようとしていたレティが、必死に紡がれた言葉に動きを止める。
「それって、裏切り……情報を流してるやつが……?」
「ああ……おっ、お前のこともっ、知って……探そうと……。
そこにお前が鉢合わせるんだ、あいつらも運がねぇぜ……」
一瞬で終わった外の喧騒に何が起こったのかを察したか、楽し気に唇を歪ませる。
「あいつらに見覚えは?」
もうこうなっては止めても仕方あるまい。
ぐ、と拳を固めながら、テッドの耳元で声をかけ。
「残念、ながら……っ、はっ……情報屋、だってのに、よ……。
すまねぇ、これ以上は……ボブじいさんのとこに、なら……もしか、したら……」
ごふっ、と咽たように咳き込み、口の端から赤いものをこぼす。
咳き込む度に、いや呼吸の度に痛むのか、呼吸は荒く、時折体が震えている。
「そう……わかった。
……テッド、最後に、一つだけ……」
ゆっくりと視線を向けてきたテッドへと、眉を寄せて困ったような表情になって。
しばらく口ごもった後、ゆっくりと、告げる。
「楽に、なりたい……?」
その声に、少しだけ目を見開くと……わずかに、頷くような仕草を見せた。
「すまん、頼む……
ああ、本当に……すまねぇ……お前には、こんな役ばっかりさせてよ……」
泣きそうな、しかし精一杯おどけた笑顔で。
そんなテッドの顔を、直視することができない。
「じゃあ、目を閉じて……」
「ああ……」
終わりを迎えることができるのは、あるいは救いだったのだろうか。
少しだけ、テッドの呼吸が穏やかになる。
短剣を抜くと、その傍に跪いて。
「……おやすみ、テッド……」
「ああ、おやすみ、だ……」
すとん、と短剣が落とされた。
人体で一番硬いとも言われる前頭部の骨。
しかし、短剣の質量を重力と腕力で無駄なく加速させ、ぶれることなくまっすぐに振り下ろす技術は、紙でも貫くようにあっさりと、その骨を貫いた。
その先にある、脳をも貫いて。
……穏やかな表情の、まま。
痛みもなく一瞬で、逝けたのだろう。
テッドの胸の前で両手を組み合わせさせながら。
レティは生まれて初めて、自分の技術に感謝した。
去る者は追えず、残るものはあがく。
付いた傷を舐めあうことで支えあう。
その先にさらなる闇が待っていようとも。
次回:去りしものへの感傷
きっとそれは、無意味ではなく。
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