「さて、それでは……これから戻る、わけなのだけど。
……どうしようかな……」
握手していた手を離すと、入ってきた扉を見やる。
来る時に潜ったそれは、当然出て行く時にも使うものだ。普通は。
しかし、普段のレティならば使う必要はない。
何故ならば、『瞬間移動』で戻れるからだ。
だが、今はエリーを連れていかなければならない。
身に着ける装備品は付いてくるが、果たして人は。
いや、人、ではなく人形ではあるのだが……これは、装備になるのだろうか。
そんなことを考えていると、エリーは不思議そうな視線を向けてきた。
「え? 戻るんですよね?
あそこから行けばいいだけでは?」
小首を傾げながらエリーは扉を指さした。
あまりに当然といった顔で言われて、レティが不思議そうな顔をする。
「だけ、って……あの向こうにはまだ魔物が残っているのだけど」
「はい!? なんでそんなことになってるんですか?!
え、敵の襲撃ですか、いつの間に! 私のメンテナンス中に何が……いえ、それよりも迎撃命令を!」
「ん……?」
慌てた様子のエリーに、今度はレティが首を傾げた。
その言葉の意味するところをしばし考えて……ふと、何かに気づいた。
「エリー。あなたがメンテナンスに入ったのは何年何月何日?」
「え? 何をそんな悠長な……ええと、皇紀897年の5月20日ですが……」
「あ~……ええと……うん、その、ね……今は……大体1500年くらい経ってる、かな……」
「……はい……?」
あまりのことに、エリーが完全に固まる。
古代魔法文明にもいくつか時代があり、その中でも最期となったのがカルシュバーナ皇国による支配がなされていた時代だ。
マナ・ドールをはじめとした魔導兵器を多数有し、その圧倒的な戦力で世界を支配していたが……ある日突然崩壊、消滅した、とされている。
記録が残っている最後の年が皇紀898年頃。
そこから100年近い歴史の空白の後、人々が今の生活に至るまでおよそ1400年程かかったとも言われていて。
ちなみに、この辺りの知識は「要人暗殺の際には政治の知識が要ることもある。歴史もその一環だ」というグレッグの教育方針によるものだ。
……言われた範囲を一日で覚えなければ食事抜きとなったため、死ぬ気で覚えた記憶がある。
「あなたがメンテナンスに入ってから、何かトラブルがあったんじゃないかな……。
それで、この施設は停止、スタッフはここを放棄……あなたはここに残された、と」
「……言われてみれば、他にスタッフもいませんし……照明も暗いですね……。
あ、動体反応が無かったから気づかなかったけど、見慣れない死体があるじゃないですか。
え、一体何事ですか、これは」
「あ~……ええと、ね……」
さすがに上手い誤魔化し方も浮かばず、ここであったことを大まかに伝えた。
「なるほど、そんなことが……。
つまり、古代遺跡扱いを受けて勝手に発掘されるくらいに時間が経ち、私が知らない間にここは魔物の住処になっていた、と?」
「多分、そういうことだと思う……」
現時点で考えられるのはそんなところだろう。
レティの言葉に幾度か小さく頷き、納得したような顔になったかと思えば、悩むように眉を寄せた。
「……もしかして、ですけど……レティさんがここに来なかったら、私ずっとここに閉じ込められたままだった……?」
「……それは否定できない……。
ここに辿り着ける人間はそう多くないと思うから」
「今、そんなことになってるんですか……?」
うげぇ、と言いそうな顔になって、エリーは改めて扉を見る。
レティは扉を見やり、しばし考え、今度は横たわるカーチスに視線をやり。
「その人みたいに、アイアンゴーレムを楽々一刀両断できる人じゃないと、難しいと思う」
「え。なんですかそれ。その人、人間ですか?」
信じられないものを見るかのような懐疑的な眼差しで、カーチスの亡骸を見る。
ふと、気づいたように顔を上げ。
「アイアンゴーレム、って言いました?
じゃあ……施設の防衛用ゴーレムが暴走して、そのままになってる可能性がありますね。
それに加えて魔物たちがここの濃密な魔素に引き寄せられた、というところかな……」
ふむ、とあごに指を添えて考えたレティがゴーレムの外見を告げると、やはり防衛用ゴーレムの可能性が高いという。
そう結論付けると、エリーはにこやかな笑顔になった。
「ここの防衛用ゴーレムなら問題ないです。
ちゃんと動いてたら私には攻撃してこないよう設定されていますし、もし暴走していても私なら対処可能ですから」
どや、と自信たっぷりな顔で胸を張る。
「……そう。なら、対処はお願いしようかな。
私は、大きいの相手はあまり得意じゃないから……」
「はい、このエリーにお任せください!」
びしっと敬礼を見せるエリーに、こくりと頷きかけて。
扉の方へと体を向けた。
「じゃあ、行こうか」
「あ、その前にレティさん」
くい、とレティの袖を指でつまんだエリーは、やや俯き加減に上目遣いで見つめて。
「……あの、何か……食べ物ありませんか?」
「……ああ、うん……1500年ぶり、だものね……」
恥ずかしそうなエリーに、なんだか胸の奥がくすぐったいような感覚を覚えるレティだった。
わかってはいたが、改めて思い知らされる。
自分は、取り残された迷子なのだと。
それでも、そう作られたように力を振るう。
作られた意味がそれだから。
次回:その人形、危険につき
それでも、隣に誰かいるならば。
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