カーチス達が遺跡に入ってから十分に時間を置き、扉の向こうから戦いの喧騒を感じなくなってさらにしばらくして。
静かにゴーストは遺跡に侵入した。
そして、僅かに眉を顰める。
「これは……ひどい。わかってはいたのだけれど……」
目の前に広がっていたのは、惨劇の跡。
一刀両断された魔物はまだましな方。
殴られたのだろうか、上半身が原型を留めていられない程の打撃痕を残すもの。
腕を、足を引きちぎられたものもそこかしこに見られる。
いずれにせよ共通しているのは、まるで相手にならなかった、ということだ。
それが、ゴブリン程度の低級な魔物ならまだわかるのだが……。
進む程に目にするのは、オーク、ホブゴブリン、オーガと徐々に巨大化していき。
かと思えば、シャドウストーカー……暗がりに潜み、人の影に潜り込み、不意打ちを仕掛ける影のような姿をした魔物が、待ち受けられていたかのように真正面から両断されていたり。
魔術で吹き飛ばされたスライムらしき残骸も残っていた。
「物理、魔術ともに凶悪……魔術は、魔術師かも知れないけれど」
出鱈目な程の快進撃の痕跡を追いながら、敵戦力の分析を測る。
間違いなく、カーチスは『勇者』と呼ばれてもおかしくない戦闘力を持っているようだ。
だが、この痕跡の何割が彼によるものか?
お供の魔術師や戦士はどれほど貢献しているのか?
「直接見るしか、ないかな……」
面倒だ、と小さくため息をつく。
そして、歩む速度を少しだけ早めた。
「カーチス殿、前方からストーンゴーレム、右からジャイアントスパイダー!
ゴーレムは私が引き受けます!」
そう叫んだ戦士は、ゴーレムの重たい一撃を盾で受け止めた。
タワーシールドと呼ばれるそれは、緩いカーブを描く長方形の盾。
身をかがませれば、全身を守ることができるほどに巨大で分厚いものだ。
優秀な盾ではあるが、巨大ゆえに重く、扱うのは容易ではない。
しかし、戦士はしっかりと盾を操り、ストーンゴーレムの殴打を受け止め、あるいは受け流し耐えきる。
「はっ、俺に指示すんじゃねーよ!!」
戦士にそう返しながら、右へと向かうカーチス。
その動きは……人間のものとは思えなかった。
身に着けているのはショルダーガード付きの金属製胴鎧に籠手、脛当て。
兜を被っていないのは、当たらないという自信があるからだろうか。
チェインメイルの上から金属製の各パーツを着込む戦士に比べれば軽装だが、決して軽くはない……おそらく10㎏近くはある防具だ。
なのに、それを身にまとっていることを感じさせないような、滑らかで俊敏な動き。
その動きに反応して叩き潰そうと前腕を振り上げたジャイアントスパイダーをあざ笑うかのように、そのさらに内側へと踏み込む。
前腕が振り下ろされるよりも早く。
薙ぎ払った剣がジャイアントスパイダーの頭部を吹き飛ばした。
本来ならば、複数人の集団でじっくりと準備をして待ち受けて、ようやっと倒せる程に強く、耐久力のある魔物であるはずなのだが、この男にかかれば、泥のようにもろかった。
「ほれ、ぼさっとしてんじゃねぇよ!」
すぐに踵を返し、戦士が抑え込んだゴーレムへと肉薄する。
戦士をターゲットにしていたゴーレムは、一瞬反応が遅れて……それが、致命的だった。
あっさりと。
豆腐でも切るかのようにゴーレムを両断する。
そのあまりにも非現実的な光景に、戦士もその他のお供も声を失った。
既に今日だけで二桁は声を失っているのだが。
「これで終わりか? おっし、おめえら先に進むぞ。
ほれ、先行しやがれ!」
ぐい、と盗賊の背中を押し、前に進ませる。
誰も、そのことに文句を言えなかった。
周囲を黙らせるほどの武威。それが勇者に求められる資質ならば、彼は間違いなく勇者だった。
「うん、化け物だ」
その光景を遠くから観察していたゴーストは、そう結論づけた。
威力、速さともに人外だが、何よりもその反応速度。
見えないものが見えているかのようなそれは、気配を察知する能力に異常に長けているのか、天性の勘とでも呼ぶべきものがあるのか。
……ゴーストは、後者だと結論付けた。
何故ならば、ここに至るまで彼女に完全に気づいた様子はないからだ。
敵意を向けるものに即座に反応するが、そうでない者には気づいたり気づかなかったりと不確実な感覚。
それは、気配を察知されたものではないように見える。
もちろん、普通の人間よりは明らかに気配察知能力も優れてはいるのだが。
そうなってくると、実はゴーストには分が悪い。
何しろ、相手の意識外からの不意打ちが得意技なのだから。
意識の外にも反応できる相手など、厄介極まりない。
「さて、どうしたものか……」
一人つぶやくと、また観察に戻った。
順調すぎるくらいに、彼らは進む。
4階層までたった一日で踏破、そこで一泊すると翌日すぐに5階層を踏破、6階層を進む。
敵はますます強くなって、戦士は耐えるのが難しくなってきている。
治癒術師はそれを癒すのにかかりきりになり、魔術師は主火力ではなく補助火力のような立ち回りを強いられている。
盗賊? 罠を解除し待ち伏せを察知して知らせたら後は隠れるのみだ。
ただ一人、まるで調子が変わらないのがカーチスだった。
アイアンゴーレムですら彼の刃は止められない。
伝説に聞くミスリルゴーレムならあるいは……だが。
さすがにこの遺跡にもそこまでの魔物はいない。
さらには、毒霧を吐く蛇のような魔物に遭遇した際には、毒を吸い込んで、まったく何もなかった。
恐るべき毒耐性を持っているのだろう。
そして、7階層へと続く扉……その先に、明らかに今までと違う空気を感じさせるそれを、盗賊が調べる。
「こりゃぁ……今までとは、違う?
こうして、こう……いや、これは……」
ためらうように、手を止めた。
「どうした?」
「いやね、旦那。こりゃぁ、かなりまずい罠ですよ。
俺でも解除できるかはわからねぇし、しくじれば間違いなくあの世行きだ。
ちょいと時間をくれませんかね?」
「ほう、そうなのか。なら、こうすりゃいいじゃねぇか」
軽くそう言うと、いきなり盗賊の背中を突き飛ばした。
人間とは思えない動きで跳ね飛ばされた彼は、扉に激突する。
その途端に、罠が発動して……盗賊を、焼き焦がすほどの電流が襲った。
「ぎゃあああああああああ?!!」
この世のものとは思えない断末魔を挙げて崩れ落ちる盗賊。
顔面を蒼白にするお供の者達、愉快そうに笑うカーチス。
やがて、雷撃が収まると……すぅ、と扉が開いた。
「最後にいい仕事したじゃねぇか、覚えててやるよ」
それだけならタダだしな、とは心の中でつぶやく。
「おら、何してんだ。先に行くぞ」
そう声をかけると、さらに先へと進んだ。
「なるほど、ね……そういうこともできるんだ……」
一部始終を見ていたゴーストの感想は、それだった。
その非道さに憤るでもなく、恐怖するでもなく。
悪い意味で合理的、容赦なく人を使い捨てるその姿に、納得した様子だった。
そんな人間だからこそ、こんなことができて、こんな依頼をされるのだろう。
納得したまま、距離を保ち、さらに後をつけた。
「……どうやら、ゴールみたいだな」
扉を潜った先、長く続いた階段の向こう。
明らかに今までとは違う、魔素の濃い空間に出た。
魔力が走る光が刻み込まれた、機械的な柱、壁。
あちらこちらに見えるパイプは、魔力の伝達経路だろうか。
そして、その先に見える明らかに重要そうなものをかくまう装置。
それを認めるとカーチスはにやりと唇を歪めた。
「……やりましたな、カーチス殿」
感情のない声で、それでも精いっぱいの称賛を込めて戦士が声をかける。
……いまだ、盗賊の哀れな最期の衝撃から抜け出せていないらしい。
魔術師と治癒術師に至っては、お世辞の声すら発せない。
「ああ、お前らのおかげで楽に来れたぜ。
……ありがと、よっ」
そう、言うと。
カーチスが手にした長剣が弧を描き…戦士の首を跳ね飛ばした。
戦士は、反応することすらできなかった。
「なっ、何を?!」
魔術師が、何とかそれだけを発する。
いや、わかってはいるのだ。
だが、理解はしたくなかったのだ。
彼は、そういう人間だと。
「何をって、そりゃぁなぁ。
どうやらここは大当たり、大層なお宝がありそうだ。
となればだな……お前らが抜け駆けするかも知れねぇ。
何より、そんな名誉はなぁ……俺だけでいいんだよっ」
魔術師の首が、飛んだ。
治癒術師は声を出すこともできず、へたりこむ。
「そーいや、結局お前には世話にならなかったな。
あいつの治癒ばっかりでよぉ。
一番の役立たずが、一応、お宝を手に入れた決死隊の一員として名前だけは残せるんだ。
感謝してもいいと思うぜ?」
楽しそうに。
虫を潰す子供のような無邪気に残酷な笑顔で、治癒術師に迫る。
「た、助け……」
「るわけねぇだろ?」
そして、彼は両断された。
異様に重い静けさがその空間が満たされ。
「さて、と……いるんだろ? いい加減出てこいよ」
しばしの後、どこへともなく、そう声をかけた。
血塗られた舞台に、人ならざるモノが二人並び立つ。
狩るモノ狩られるモノ、さあ、どちらが。
獣は放たれ、少女は密やかに牙を研ぐ。
次回:人でなしと暗殺道具
いざ尋常に、勝負。
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