「へ? ダメって何が? 団長さんはお兄さんの恋人なの?」
ルリちゃんがきょとんとした顔でロザリーを見ている。急に間に入ってきたロザリーに疑問を覚えているようだ。
「恋人ではない! ただ大事な団員だ! 訳の分からない女にくれてやるつもりはない!」
「単なる団員なら放っておいても良くない? 一々他人の恋愛事情に口を挟まないで欲しいなー」
ルリちゃんはスロボルの花をくるくると回して手遊びを始めた。
「それに、お兄さん達はこのお花の秘密が知りたいんだよねー? だったら私と恋人になって欲しいなー」
「ルリちゃん。ダメだよそれは。僕はキミと恋人になることが出来ない」
僕はルリちゃんに断りを申し出た。この花の秘密を知れなくなるのは痛いが、それ目当てで恋人関係になるのは良くないことだと僕自身思ったからだ。恋人というのは好きな者同士がなるべきものであって打算的な考えとは無縁なものでなければならない。
「そっかー……お兄さんはルリのことが嫌いなんだ……」
ルリちゃんは僕に近づいてくる。そして、僕の髪に手を伸ばすと、その中から一本髪の毛を引き抜いた。
「痛っ……何するんだ!」
僕はルリちゃんに対して怒った。いくらなんでも悪戯が過ぎると……
「髪の毛……まさか……あのおまじないをするつもりか?」
「あー察しが付く? ってことは、やっぱり団長さん達あの魔導書見たんだー。煉獄の書に書かれたおまじない。この髪の毛があれば私の恋は叶う」
ルリちゃんは僕の髪の毛を愛おしそうな目で見つめている。この女の子何かやばい。僕の予感がそう告げている。
ロザリーもそれに気づいたのか、ファイティングポーズの姿勢を取る。ロザリーは現在武装してないため剣を持たない素手の状態だが、この少女を倒すのに剣は必要ないだろう。
「えー。こんなか弱い女の子と戦うつもりなの……」
ルリちゃんは自身の懐から黒い掌サイズの玉を取り出した。そして、その玉をこちらに向かって投げてきた。
玉が地面に激突すると破裂し、中から紫色の煙が出て来る。僕は咄嗟に口を布で覆い煙を吸い込まないようにしたが、ロザリーは煙を思いきり吸い込んでしまったようだ。
「な、なんだ……体が動かない……」
「ねえ、二人共。呪いって信じる? 私は信じるよ。その煙を吸うと呪われてしばらくの間動けなくなるの」
ルリちゃんはくすくすとこちらを嘲笑している。僕も煙を少し吸い込んでしまったのか、体の動きが鈍くなってきている。
「私は東洋の魔導士ルリ。わざわざ海を渡ってこの大陸まで来た目的はこのお花。私の国には生息してないから、わざわざここまで来たの。生息域を調べるまで結構かかったなあ」
やはりルリちゃんは東洋から来た少女だったのか。この辺では見かけない格好だと思った。
「それにしても、やっぱり魔導書売ったのは失敗だったかな。旅費が底を尽きちゃったから仕方なく魔導書を売ったんだけど、そのせいで団長さん達がここに来たわけでしょ?」
僕は動けなくなりつつ体を必死に動かしてルリちゃんの元へと近づこうとする。彼女をここで逃がすわけにはいかない。捕まえて情報を吐き出させないと。
「おー頑張るねー。そんなに情熱的に求められたら嬉しくてニヤニヤしちゃうよ。でも、捕まってあげなーい」
ルリちゃんは走って山頂から降りていく。まずい。このままでは逃げられる。
「きゃ」
そう思ったその時、ルリちゃんは足を滑らせて崖の下の落ちた。幸い崖は高さがそんなになかったせいか命に別状はないだろうが、それでも大怪我を負ったに違いない。
「いたた……あーあ。ついてないな」
ルリちゃんが崖下で自身の不運を嘆いている。怪我人を発見したことで僕は動けなくなりつつある体を必死に動かして進んでいく。
「ルリちゃん……待ってて。今すぐ診てあげるから」
僕はルリちゃんの所に行き、彼女の足を診た。滑って転んだ拍子にかなり打ったらしい。
「お兄さんありがとう……私、お兄さんに呪いを掛けたのに、そんな私のことを助けてくれるなんて……ますます気に入っちゃうよ」
とりあえず局所を冷やすことにした。幸い近くに冷たい湧き水があったのでそれを布に浸して彼女の腫れている部分にそっと当てる。
「ねえ、お兄さん名前なんて言うの? そういえばまだ聞いてなかったね」
「僕はライン。ロザリー率いる紅獅子騎士団の衛生兵だよ」
「そうか。衛生兵かー。それで私の怪我を診てくれたんだ。ありがとう。ラインさん」
僕はルリちゃんを無理に捕まえることはやめた。どのみちこの足なら逃げることは不可能だろう。
「ライン! 無事かー!」
呪いが解けたロザリーが崖下にジャンプしてやってきた。かなりの高さがあったが、彼女は全くの無傷だった。一体どういう肉体をしているのだろうか。
「ルリ……キミは怪我をしているのか。ラインに診てもらえて良かったな。私の部下だけあって、腕は一流だからな」
ルリちゃんはすっかり安心しきった表情でスロボルの花を見ている。警戒心が解けたのだろうか。
「団長さん達いい人そうだね。なら、このお花の秘密……ううん。魔導書の秘密を話してあげてもいいかなー」
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