女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

18.女騎士風邪をひく

公開日時: 2020年9月27日(日) 22:05
文字数:1,829

 オーク討伐の任務を終えた紅獅子騎士団は王都リンドルに戻ってきた。オークとの戦闘では絶好調だったロザリーだが、僕と二人きりの宴会をした後だとどうも調子が悪い。最初は二日酔いかなと思い軽く考えていたが、どうもそうじゃないらしい。


「ロザリー。ちょっといいかい?」


 僕はロザリーの額に手を置いた。少し熱があるようだ。


「ロザリー。キミはもしかして風邪をひいたんじゃないのか?」


「そ、そんなことはないぞ!」


 ロザリーはしどろもどろになり、そう答えた。声が微かに掠れていることから、喉もやられているらしい。


「ロザリー。風邪は万病の元とも言う。決して侮ってはならない。しばらく休養しなきゃダメだ」


 衛生兵の僕の立場から言えばロザリーには無理はしてほしくない。しかし、ロザリーは無理を通そうとする。


「騎士団の団長が風邪で寝込むわけにいくか! これは日頃の体調管理を怠った私の責任。甘えて休むわけにはいかない」


 強がりを言っている彼女であるが、顔色が明らかに悪い。このまま無理をされては今後の騎士団の任務に支障が出るであろう。


「ロザリー。今は特別な任務が何も出てない状況だ。ゆっくり休むことが出来る。しかし、討伐任務が来た時だともう休むことは出来ない。その時になって後悔しても遅いのさ」


 僕は懸命にロザリーに説得をする。しぶしぶ折れたのか彼女は僕の言う通りに休養を取ってくれることになった。ただ一つの条件を添えて……


「ラインの仕事が終わったら、必ず私の家まで看病に来るんだ。いいな?」



 僕は自宅で休養しているロザリーのことが気がかりだった。ちゃんと栄養は取れているのかな。睡眠はきっちり取っているかなと。たかが風邪と侮れるものではない。


「ラインさん。どうしたんですか?」


 同じ衛生兵仲間のキャロルが声をかけてくれた。彼女は栗色の三つ編みの髪の毛と白い肌についたそばかすがトレードマークで僕の弟子的な存在だ。


 団内での一番人気は勿論ロザリーだが、彼女にも隠れファンはそれなりにいる。とある騎士がキャロルに怪我を治してもらいたかったのに、僕が彼の怪我を治そうとした時に舌打ちをされたこともあったっけ。


 まだまだ衛生兵としての経験は浅いけど、人の心を労われる彼女は素質が十分あり将来有望な存在だ。


「いや、ちょっとロザリーのことが気にかかってね」


「あーやっぱりー。ラインさんいつもロザリー団長のことばっか見てますからね。何だか妬けちゃうなー」


「まあ否定はしない」


 僕の率直な返答にキャロルはずっこけた。


「そこは否定してくださいよー。もう」


「ロザリーは皆の憧れだからね。僕もその内の一人。ただそれだけさ」


「ええー? 本当かなー? ロザリー団長もラインさんのこと特別な目で見てるんじゃないかって私は思っちゃってるわけですよ」


 女子というのはどうしてこういう他人の恋愛事情が好きなのだろうか。確かにロザリーは異性としては魅力的な相手だとは思う。けれど、こっちはその思いを必死に押し殺して一線だけは越えないように頑張っているわけだ。


「あのなー戦場で恋愛事情を挟むのはダメなの。恋にうつつを抜かす輩から死んでいくのが戦場の常なのさ」


「そんなのただの迷信ですってばー。ラインさんって案外そういうこと気にする人だったんですね」


 キャロルは口を尖らせて拗ねた。どうしても僕とロザリーをくっつけたいみたいだな。お見合いおばさんかこの子は。


「私はそんな迷信を信じてませんから! だからラインさんと堂々恋人関係になっても平気ですよ」


「あーはいはい。そうですか」


 え? 今なんていったこの娘……? 僕と恋人関係? 何かの冗談だろう……?


「何目を丸くして驚いているんですか。ただの例え話ですよーだ」


 キャロルは舌を突き出して悪戯な笑みで僕を見る。くそう、やられた。こんな小娘の戯言に一瞬でも気を取られた僕がバカだった。


 キャロルと雑談している間に時が過ぎたのか終業を知らせる鐘が鳴り響いた。これで今日の僕の仕事は終わりだ。


「それじゃ」


「ラインさんもう帰るんですかー。一緒にお茶でもしましょうよ」


 キャロルから誘いを受けたが僕にはどうしても行かなければならないところがあった。


「ごめんキャロル。今日は寄らなきゃいけないところがあるんだ」


 僕に断れたキャロルは残念そうな顔を向けるのであった。正直少し心は痛む。彼女も一応可愛い弟子みたいなものだから。


「むー。折角ロザリー団長がいないと思ってたのにー」


 僕は帰り支度を素早く整えてロザリーの元へと急いで駆けていった。

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