女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

148.邪龍VS竜騎士

公開日時: 2020年11月7日(土) 21:05
文字数:2,579

 邪龍リンドブルムは大きな尻尾を振り回した。その威力は風圧だけで人を吹き飛ばす程の威力だ。まともにあの攻撃を受けたら一たまりもないであろう。


 リンドブルムの振り回された尻尾が王都の家屋に命中する。家屋はいとも容易く崩れ去り、その威力の高さが伺い知れる。


「ははは……何だあの威力は化け物かよ……」


 紅獅子騎士団の誰かが言った。そのネガティブな発言が団全体に伝染して、敗色濃厚な空気へと変わった。


 僕達は所詮ただの人間だ。大地を揺るがし、全ての生き物を食らう存在であろうドラゴンに勝つのは無謀なことなのだろうか。全ての生物の頂点に立つ存在ドラゴン。僕達が相手にしているのは正にそれだった。


「ふふふ。絶望しているようね。でもまだ絶望は終わりじゃないわ」


 リンドブルムの背後からモンスターの群れが現れた。その数はとても多くて、完全に劣勢の状態だ。数の上でも負けている。それに加えて相手には最強の邪龍がついている。最早勝ち目はないのであろうか。


「もうダメだ。おしましだ」


「勝てない……王国は今日で滅ぼされるんだ」


 騎士達が次々に弱音を吐く。僕はふとロザリーの表情を見た。ロザリーの表情も絶望しきっている。無理もない。彼女は性根は誰よりもネガティブで自分に自信が持てない子なんだ。


 ロザリーが皆を励ます時は大抵、空元気だ。皆を励ましているというよりかは自分自身を励ましているのに近い。


 そんな彼女にしてやれることは一つだ。


「皆! 諦めるな! 僕達にはロザリーがついている! 今までロザリーがいて負けたことが一度でもあったか? ロザリーは最強なんだ。誰よりも強くて、可憐で、優しくて、そんな存在についていけば間違いはない」


 僕はロザリーを褒めつつ皆を鼓舞した。その言葉に騎士達の表情は明るくなる。


「そ、そうだよな。いくら相手が強くてもロザリーがいれば何とかなる」


「ロザリー! 俺達に指示をくれ! 戦えって言ってくれ! そうすれば俺達は勇気が湧いてくる」


「おうよ! ロザリーのためだったら死ぬのは怖くない。さあ、命令してくれ!」


 皆の期待の眼差しを受けるロザリー。しかし、その表情は恐怖に引きつっていた。ダメか。恐ろしくて声すら出ないのだろう。ダメだ。やはりロザリーのメンタルは弱い。僕が少し褒めた程度で改善される程、生易しいものではないだろう。


「ラインきゅんどうしよう……ロザリー命令出来ない……ロザリーの指揮のせいで皆が死んじゃったら……そう思うと出来ないよぉ……」


 最強の邪龍を前にロザリーの心は折れていた。僕はそんな彼女の背中にそっと手を触れた。


「大丈夫。僕がついている。キミは誰も死なせない。今までだってそうだったろ? キミのことはいつだって僕が支える。この戦いもそうだし、この戦いが終わってからもずっとだ。紅獅子騎士団団長のロザリーは無敵なんだろう?」


 僕の言葉を受けて、ロザリーの心に火が灯ったようだ。急に表情がイキイキとし始めた。


「ライン。一つ訂正がある。紅獅子騎士団団長のロザリーが無敵なんじゃない。キミと一緒にいる時の一人の女性としてのロザリー。それが無敵なんだ」


 ロザリーはレイピアを構えて邪龍を見据えた。


「ママ! 今からあの生意気な女騎士を殺すよ! 見てて!」


 そう言うとリンドブルムは大きな手と爪でロザリーを引っ掻こうとする。刃物を連想されるほどとても鋭い爪だ。もし、あの攻撃を受けてしまったら、竜騎士の力に目覚めたロザリーといえど無事ではすまないだろう。


 数秒後、何かがボトっと落ちる音が聞こえた。最強の邪龍の右手が地面に転がっている。ロザリーが振るったレイピアがリンドブルムの右手を切り裂いたのだ。


 最初は何が起きたのか理解出来なかったリンドブルムだったが、次第に痛覚が脳に達したのだろう。耳を劈くほどの方向をあげた。その方向は窓ガラスを割るほどの振動を放っていた。


「な、い、痛い! ママ痛いよ! 助けて」


「落ち着くのよリンちゃん! 右手に邪気を集中させて!」


 ミネルヴァの指示に従うリンドブルム。すると、雨後の筍のように切断された腕から右手が生えてきた。とんでもない再生力だ。流石は邪龍と言った所か。


「なるほど……邪龍の戦闘能力の程度がわかった……こいつは私一人で何とかなる。ジャン! 指揮を取ってくれ。リンドブルム以外のモンスターを倒してくれ。キミなら数の劣勢を何とか出来るだろう?」


「ええ。私の知略なら可能でしょう……しかし、ロザリー大丈夫なのですか? 本当に一人で」


「ううん。嘘ついた。ごめん。ラインだけは私と一緒に戦わせてくれ」


 その言葉を聞くとジャンはニヤリと笑った。


「ええ。そうですね。やはり、貴女はラインと一緒にいてこそですからね」


 ジャンは騎士達を指揮して、モンスターの大群に向かっていった。ジャンと紅獅子騎士団のメンツなら何も心配はいらないだろう。きっと彼らならこの劣勢を何とかしてくれる。


 そして、ロザリーも心配いらないだろう。竜騎士の力に覚醒した彼女の力は本物だ。いくら相手が最強のドラゴンだとしても、ロザリーが負けるはずがない。僕と一緒にいる限り、彼女はこの世の誰よりも強くなれる!


「リンちゃん! 炎を吐くのよ! 相手がいくら強くても所詮は人間。炎に対する耐性はないわ」


 リンドブルムは口から炎を噴きだした。その炎がロザリーに命中する。しかし、ロザリーはその炎を振り払い消し去った。まるで、そよ風に当てられた程度の感覚であろう。


「今度は尻尾による攻撃よ!」


 リンドブルムの尻尾がロザリーに降りかかる。しかし、ロザリーのレイピアで尻尾が切り裂かれて、宙に舞う。尻尾による攻撃も失敗した。


「ロザリー! その力の根源は何なのだ! どうして……どうしてアンタはそんなに強いのよ!」


 ミネルヴァは髪の毛を掻きむしっている。最強の力を手にしたはずなのに、ロザリーに全く歯が立たない。それがミネルヴァの心を苛つかせた。


「私が持っている力は三つある。一つは騎士としての力。これは長年の修行と努力によって身に着けたものだ。二つ目は竜騎士の力。聖龍の巫女ティアマトから授かった力。竜と同等の力を持てるようになった。そして、三つ目の力は……」


 ロザリーは僕の腕を絡みついてきて思いきり甘えた表情を見せる。


「愛の力だ!」


「殺す!」


 ミネルヴァは鬼のような形相でロザリーを睨みつけた。本気でロザリーを殺すつもりでいる気概が感じられた。

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