僕とロザリーが出会ってから一週間ほどが過ぎた。僕とロザリーは師匠の元で剣術の稽古をしていた。二人共、人形相手にレイピアを突く練習をひたすらしていた。
「ロザリー君。踏み込みが甘い。それじゃあ間合いが上手く取れない。もう半歩前に出るんだ」
「は、はひぃ」
「ライン君。その調子だ。そのままフォームを崩さずにがんばれ」
「はい!」
「よし、それじゃあ今日の特訓はここまで……次は模擬戦をしてみようか」
師匠が手を叩き、音を響かせる。その音にロザリーがびくっとした。どんだけ気が弱いんだこの子は……
「模擬戦ですか? じゃあ、師匠お手合わせ願います」
僕と師匠はいつも特訓終わりに模擬戦をしていた。一度も師匠に勝ったことはないけれど、それでも僕はこの模擬戦を楽しく思った。
「違うぞライン君。キミが戦うのはロザリー君だ」
「え? わ、私ですか?」
僕はロザリーの方をちらりと見た。こんな臆病で気の弱そうな小動物みたいな子と戦えだって? 剣の腕もまだまだ未熟だし、あんまり戦いたくないな。どことなく罪悪感を覚えるし。
「師匠。本気で言ってるんですか? ロザリーはまだ剣を握って一週間なんですよ? いくらなんでも僕と戦うのは早すぎるというか」
「ライン君。もしかして、剣を握って一週間のロザリー君に負けるのが怖いのか?」
僕は師匠の挑発に乗ってしまった。こんな背も気も小さい子に負けるわけがない。
「そんなわけないでしょう。僕が強いってことを見せてあげますよ」
「ひ、ひい。よろしくお願いします」
ロザリーはびくびくと震えている。僕と戦うのが怖いのだろうか。どことなく可愛い。庇護欲を掻き立てられる。戦うんじゃなくて、愛でたいな。あんまり年上の子にこういうのを思うのは良くないかもしれないけど。
ロザリーは怪我をしないように防具を付けた。模擬のレイピアとはいえ、突かれると相当痛い。安全のためにも防具は付けるべきだろう。
「あ、あの……ライン君は防具を付けないの……?」
「必要ないからね。キミから一撃を貰うなんてありえない」
「そ、そうだよね……」
その言葉にロザリーは少し落ち込んでしまったようだ。しまった。彼女を傷つけてしまったかもしれない。
「二人共そろそろいいかな? |準備はいいですか?《エト・ヴ・プレ!》」
『|はい《ウィ》』
「|始め《アレ》」
師匠の合図と共に試合は開始された。ロザリーは初めてのことで戸惑っていて、足さばきが覚束ない。こんなステップでは、僕に一撃をいれるのは到底無理であろう。
僕は掛け声と共にロザリーの胸当てに向かってレイピアを突き刺した。何の苦労もなく、一撃をいれることが出来た。
「あ……」
攻撃を受けたことを悟ったロザリーは落ち込んでしまった。
「私……善戦すら出来なかった……」
「落ち込む必要はない。ライン君はこれでも結構手練れの剣士なんだ。ロザリー君が勝てる相手じゃないのは最初からわかってることだ。大事なのは負けた戦いから何を学ぶかだ。ロザリー君は今のライン君の動きを見て覚えるんだ。そうすれば次はもっと強くなれるさ」
「はい……」
「さて、私は少し席を外します。ライン君ちょっといいかな?」
「はい」
「ロザリー君を慰めてあげて。彼女は今の戦いに負けて相当落ち込んでいる。女の子に優しくするの男の義務だぞ」
師匠はロザリーに聞こえないように僕にそう耳打ちをした。僕はそれに対して黙って頷いた。
「では、よろしくお願いします。ライン君」
師匠が部屋から出て行った。僕とロザリーの二人だけの空間。負けて落ち込んでいるロザリーを慰めてあげないと。
「ロザリー。初めてにしてはいい剣筋だったよ」
「ほ、本当?」
ロザリーは目を見開いて僕の方を見た。表情から読み取るに半信半疑と言った感じだろう。
「ああ。今の調子でいけば、きっと僕より強くなると思うよ」
そういう日が来るとは到底思えない。その当時の僕はそう思っていた。まさか、あんなに強くなるとは思いもしなかった。
「うう……ありがとう……ラインきゅんは優しいね」
ロザリーの目に涙が浮かんでいる。嗚咽交じりになっているせいか、言葉の発音が変になっている。なんだ、ラインきゅんって……
「私……お父さんを亡くしてからずっと頭の中が真っ白になって……どうしていいのかわからなかったんだ……私、皆に比べて背が低いし、気が弱いし、頭も良くないし、弱っちいし……そんな私を愛してくれる唯一の存在のお父さんもいなくなって……」
よくもまあ、ここまで自分を卑下する言葉が出てきたものだ。ただでさえメンタルが弱い子なのに、父親の死によってそれが悪化したのだろう。
僕はこの子を支えたい、守りたいと思った。そのためにも強くならなければならない。僕は大人にならなければならない。いつまでも弱いままでは子供のままでは誰も守れない。エリーのように……
「大丈夫だよロザリー。僕がキミを受け入れてあげる。だから一緒に強くなろう?」
「うん……私、強くなれるように頑張る。だからライン君。私の傍を離れないでね」
「ああ。わかった」
突然、ロザリーがもじもじとし始めた。一体なんだろう。
「ロザリー。僕に言いたいことがあるなら遠慮せずに言っていいよ」
「うん……あ、あのね。さっき、私ライン君のことをラインきゅんって言っちゃったよね……」
「うん。言ったね」
「そ、その……その言葉を言った時、頭の中がふわーってする感覚がして、何か心がぽかぽかするような気持ちになって……不思議と幸せな気持ちになったんだ」
何だ……何が言いたいんだ?
「だから……また、ラインきゅんって言っていいかな?」
「うんいいよ。少し恥ずかしいけど、ロザリーがそれで満足するなら僕は構わない」
「え? い、いいの? じゃあ、我儘ついでにもう一ついい? 私、お父さんの前では、自分のことをロザリーって言ってたんだ。だから、ラインきゅんの前では、私じゃなくてロザリーって言っていい?」
「好きにしていいよ」
「やったー! ありがとう! ラインきゅん、しゅきぃ!」
なんだか妙に懐かれてしまった。まあいいか。可愛いし。
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