女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

97.ユピテル男爵

公開日時: 2020年10月20日(火) 20:05
文字数:2,575

 僕達四人は執事の男性に連れられて応接間に通された。そこにいたのは、肩まで掛かった紫色の髪と赤い瞳が特徴的な男性がいた。彼は、黒い装束を身に纏い、裏地が赤いマントを身に着けている。金の首飾りを付けていて、貴族らしくかなり豪華な服装だ。年齢の割には随分と若く見える。中年男性のはずだが、僕と同い年と言っても通用するであろう見た目だ。


「お初にお目にかかります。ロザリー団長。私はこの館の主、ユピテルと申します。以後お見知りおきを」


 彼がユピテル男爵。物腰は紳士そうだが、彼が味方であると決まったわけはない。もし、ジュノーの墓に別人の死体が埋められていたら彼は敵である可能性がある。十分に警戒しなければならない。


「ご丁寧にありがとうございます。こちらが、同じく騎士のアルノー。軍師のジャン。そして、衛生兵のラインでございます」


 ロザリーがユピテル男爵に僕達を紹介した。ユピテル男爵は僕と目が合った瞬間、ハッとしたような表情をした。何だろう。僕の顔に何かついているのかな?


「さて、本日のご用件はジュノーの墓地を改めたいとのことでしたね。しかし、本日はもう陽が暮れてしまっています。翌日、日が昇ってからに致しましょうか」


「ええ。そうします」


 ロザリーはユピテル男爵の申し出を了承した。特に反対する理由もないし、当然だろう。日が出てない時に確認した所でどうしようもない。ただ、ロザリーは少しほっとしたような表情を見せている。


 僕はロザリーの考えが手に取るようにわかった。彼女は夜の墓地に足を踏み入れずに済んで安心しているんだ。怖がりな彼女のことだから、夜の墓地なんて出来るだけ関わりたくないだろう。


「それはそうと、ここまでご足労して頂いた紅獅子騎士団の皆様にささやかなお食事を用意しました」


「申し訳ありません。ユピテル男爵。お気遣いには大変感謝しております。しかし、大変心苦しいのですが、我々紅獅子騎士団は任務中の食事は各自が用意したものしか口にしません。なので、他人からの施しは受けない決まりになっております」


 ジャンはユピテル男爵の食事の誘いを断った。もちろん、紅獅子騎士団にそんな規則はない。ユピテル男爵が用意した食事を断るための嘘だ。


 ユピテル男爵がもし敵なら食事に毒を盛られている可能性がある。それを食べるわけにはいかない。


「そうですか。それは誠に残念です。やはり騎士というものは食事にも気を遣うのですね。では、長旅でお疲れでしょうし、寝室に案内致しましょうか」


 ユピテル男爵は特に僕達に警戒する様子は見なかった。


「では、皆様。わたくしめに付いてきてくださいませ」


 僕達は執事の男性に案内されるがまま、応接間を後にして廊下を出た。廊下を右手の方向に進んでいくと、壁に肖像画が飾られていた。どれも男性の肖像画のようだ。


「うわー。凄い綺麗な肖像画だ。でも、どうしてみんな男の人なんだろう」


 アルノーが肖像画を見てそんな疑問をふと口にした。するとジャンがメガネをクイっとやる。これは解説が入る流れだな。


「ユピテル男爵は男色の気があるという噂です。彼は歴代の愛人の肖像画を画家に描かせては飾っているようです。特に彼は若い少年が好みだそうですよ」


 ジャンの解説にアルノーは身震いした。若い少年という特徴に合致するのはこの中だとアルノーだけだ。


「き、聞かなきゃ良かった……ん? あれ? この肖像画、ライン兄さんに似てませんか?」


 アルノーは一つの肖像画を指さした。黒髪の男性で赤い目をしている静かに微笑んでいる。確かに僕の特徴と一致している。まさか、ユピテル男爵が僕を見た時の反応はこの肖像画の彼と関係しているのか?


「何を言うかアルノー! ラインはもっといい男だぞ! 似てない。断じて似てない」


 なぜかロザリーが怒りだした。何故そこまで似てないと主張しているのか僕にはよくわからない。確かに肖像画の彼の方が気持ち幼い感じがするが、そこまで否定するようなことかな?


「皆様、そろそろよろしいでしょうか?」


 執事の男性が肖像画の前で語らっている僕達に痺れを切らしたのか催促してきた。


「あ、すみません。今行きます」


 そのまま僕達は執事の男性についていった。廊下の突き当りを左に曲がると、扉が二つ見えた。


「部屋は二つご用意しました。では、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」


 それだけ言うと執事はさっさと行ってしまった。普通に考えれば二部屋あるということは、男性と女性で別れるべきだと僕は思う。


「では、私とラインとアルノーで一部屋。ロザリーで一部屋という割り当てにしましょうか」


「そうですね」


 ジャンとアルノーも同意見のようだ。特に揉めることもなく決まりそうだな。


「ちょ、ちょっと待て。私だけ? 一人?」


 ロザリーの顔が青くなっていく。と、ここで僕はあることに気づいてしまった。ロザリーはこの幽霊が出るかもしれない屋敷に一人で泊まるのが怖いんだ。しかし、ジャンとアルノーがいる手前、怖いとは言い出せない状況。どうしよう。どうやってロザリーに助け船を出そうか。


「そ、そうだ。男同士固まっていると危なくないか?」


「はい?」


「だって、ここの屋敷の主であるユピテル男爵は男色の気があるんだろ。女の私がいれば、奴も手出しできまい!」


 滅茶苦茶な理論で強引に僕達と一緒の部屋に泊まろうとするロザリー。苦しい。その言い分は苦しい。無理がある。


「大丈夫ですよ。ロザリー団長。ライン兄さんもジャンさんも僕が守ってみせますって」


「いやいや。騎士は一人より二人いた方が安心だろうて」


「ふむ……ロザリーの言う通り、ここは四人固まった方がいいかもしれませんね」


 ジャンがロザリーの要求を呑んだ。一体どういう心境の変化だろう。


「私としたことが、ユピテル男爵に寝込みを襲われることを想定し忘れてました。性的にじゃないですよ? もし、誰かを一人だけにした場合、寝ている隙に殺されてしまう可能性があります。そうなると満足に睡眠もとることすら出来ません」


 至極、真っ当な意見だ。僕もその可能性をすっかり失念していた。


「しかし、四人もいれば誰か一人が見張りとして起きていて、交代で見張りをすれば危機的状況にも対応出来ます。だから、ロザリーを一人にするべきではない」


「そう! それが言いたかったんだジャン!」


 絶対嘘だ。まあいいや。とにかくロザリーが救われたなら僕はそれで満足だ。

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