女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

98.幽霊屋敷の夜

公開日時: 2020年10月20日(火) 21:05
文字数:2,555

 僕達は執事に案内された部屋に入った。中は赤い絨毯が敷き詰めてあって、部屋の中央には虎の毛皮が置かれている。ベッドは四人分用意されていた。寝る場所を揉めることはなさそうだ。黒い本棚があり、そこには本がびっしりと詰まっている。本を手に取って中身を読んでみると、どうやら歴史小説のようだ。


「さて、それでは見張りの順番を決めましょうか。最初は誰が見張りをします?」


「私がやろうか?」


 ジャンの提言にロザリーが手を上げて反応した。


「はい。それではロザリーお願いします。次は……」


「僕がやるよ」


 僕は真っ先に手を上げる。理由? そんなのロザリーに起こされたいからに決まってるだろ。


「じゃあその次は俺がやりますよ」


「では、最後が私ですね。ここに砂時計があります。これを時間の目安にしましょう。どうします? 今夜はもう寝ますか?」


 正直ここまで来るのに疲れた。馬に乗っているとはいえ、体力は消耗する。そろそろ寝たい気分だ。


「いや、寝る前に一ついいか? ライン、ちょっと私と一緒に席を外して欲しいんだ」


 僕はロザリーに腕を掴まれた。戸惑っている内にそのまま彼女に部屋の外に連れ出されてしまった。


「どうしたのロザリー?」


 僕が訝し気に訊くとロザリーは急にもじもじとし始めた。彼女の顔が紅潮する。


「そ、その……限界なんだライン……」


 こんな時に甘えたくなったのかな? でもここは敵地かもしれないのに、随分と呑気なものだな。


「実はさっきからずっと我慢してたんだが、トイレに行きたい。もう薄暗くなっていて、一人じゃ怖いから一緒に付いてきて?」


 そっちか。


「うん。いいよ。生理現象だから仕方ないよ。我慢は体に毒だからね。じゃあ行こうか」


「すまない」


 ロザリーは恥ずかしそうに目を伏せてこちらと視線を合わせない。周囲をキョロキョロと見回して警戒するロザリーの右側に立ち、僕はそのままトイレに向かって歩いていく。


「いいか? 絶対にこの場を離れるんじゃないぞ!」


 ロザリーはトイレの扉の前でそのようなことを入念に繰り返した。何度僕が「わかった」と言っても、「絶対離れるな」としつこかった。僕がそんな意地悪なことをするわけがないのに。


「ライン! いるかー! 返事をしてくれー」


「いるよー」


 トイレに入ってからもロザリーは僕に何度も声をかけてきた。よっぽど怖いのだろう。僕が傍にいることがわかってないと安心して用も足せないらしい。


「ラインきゅん。怖いよぉ」


「大丈夫だよ。ロザリー僕はここにいるよ」


 そのようなやり取りをして、しばらく経つとロザリーがトイレの扉から出てきた。


「待たせたな。ライン。それじゃあ皆の所に戻ろうか」


 途中から明らかに気弱なロザリーが出てたけど、すっかり元の女騎士団長ロザリーに戻っていた。そのまま僕達はジャンやアルノーがいる寝室へと戻った。順番通り男性陣三人が寝て、ロザリーが見張りをすることになった。



 私は一人で扉を警戒しながら見張っていた。正直言って、この屋敷はかなり怖い。古ぼけていて、いかにもお化けが出そうな感じがする。私はこのユピテル男爵の屋敷に来たことを後悔している。こんなに怖い建物だとは思いもしなかったからだ。こんなことなら部下に任せておくべきだったか。


 砂時計にちらりと目をやる。かなり時間が経っていると思ったのに、砂時計の砂は半分も落ちていない。


 部屋の中の静寂がとても怖い。まるでこの世ではない異世界に来たかのような感覚を覚える。人が足を踏み入れてはいけない世界。死者の世界。ここは本当にそんな感じがする。


 私は気晴らしに筋トレでも始めることにした。片手腕立て伏せを始める。中々気がまぎれる。回数を重ねる毎に恐怖心が薄れていくようだ。やはり、筋肉は全て解決する。怖い時は筋トレすれば恐怖心が薄れると。そんな新説が私の中で出来た。


 ここでふと砂時計に目をやる。砂はもうする全て落ちるくらいまで来ていた。もうそんな時間か。もう少し筋トレを楽しみたかったが仕方ない。筋トレは楽しすぎてすぐに時間が過ぎてしまうからな。


 私は砂時計の砂が全て落ちたのを確認すると、寝ているラインの傍に近づいた。この三人は今寝ているんだよな……だとすると少しくらい悪戯したってバレないか。


 私はラインの頬にキスをした。これで起きるかな? と思ったけどまだ起きない。よし、なら添い寝でもしてあげるか。私はラインのベッドに潜り込み、彼をそっと抱きしめた。この一連の動作で流石に異常事態に気づいたのかラインは目を覚ました。


「ロザリー……何してんの?」


「起こしてあげてるんだ」



 頬っぺたになにか柔らかいものが当たった感触がする……でもまあいいや。まだ寝ていよう。僕は朧気な意識の中でそう思った。


 しばらくすると体を柔らかい何かが包み込むような感触がする。何だろうこの感触嫌いじゃない。でも、どこかで経験したようなそんな感触。これはロザリーと添い寝した時の感触……ん? ロザリー?


 僕は完全に覚醒した。そうだ。僕は見張りをしなきゃいけないんだった。


 僕が目を開けると目の前にはロザリーの顔があった。あまりに突然のことで心臓が跳ね上がりそうになる。


「ロザリー……何してんの?」


「起こしてあげてるんだ」


 特に悪びれる様子もなく、彼女は無邪気な笑顔を僕に向けるのであった。確かにロザリーに起こされたかったけど、このような起こされ方をするのは想定外だった。


「さあ、起きた起きた。次の見張り頼むぞ」


「ああ。わかった」


 ロザリーはそのまま僕のベッドを占領して眠りこけてしまった。よっぽど疲れていたのだろうか。僕は砂時計を上下逆さにして、時間を計った。その間暇なので、本棚にある歴史小説でも読むことにした。


 歴史小説の内容は魔女ジュノーとルイ第一王子の戦いを書いたものだった。大筋の内容は、僕の父さんから聞いた魔女ジュノーの伝説と何ら変わりはなかった。


 ただ、大衆娯楽向けに少し描写が過激になっているものもあった。魔女ジュノーが海中に封印された邪龍を復活させたり、正史にはないであろう描写もされていた。


 それはそれで中々面白いものではあり、僕は夢中になって読み込んでいた。気づいたら、砂時計の砂は全て落ちていて交代の時間が来てしまった。まだ、本を全部読み終わってなくて名残惜しいが、アルノーを起こして僕は眠りにつくとしよう。

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