女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

101.不死鳥の如く蘇る騎士

公開日時: 2020年10月21日(水) 19:05
文字数:2,524

「この私に決闘を申し込むだと……面白い。確かに先程は不意打ちを食らった。しかし、貴様のそれは数年も剣を握っていない稚拙な剣筋。私の剣に勝てると思うな」


 ユピテルがサーベルを構える。僕は剣の道から外れて久しいがそれでもわかる。この構えは隙がなく、ユピテルは相当の手練れであることが伺える。


 先程、ユピテルに一撃入れられたのは幸運だったと思うしかない。今の僕のなまっている剣の腕では勝つ確率はとんでもなく低いだろう。


 しかし、僕は勝たなければならない。僕がユピテルを倒さなければロザリーはモンスターと化してしまう。それだけは絶対にさせてはいけない。


 僕が一歩踏み込み、レイピアでユピテルの心臓目掛けて突き攻撃をしかける。ユピテルはその剣筋を読んでいるのか最小限の動きで躱す。そして、カウンターでサーベルで僕に斬りかかった。


 金属がぶつかる音が聞こえる。僕は左手に持っていたマン・ゴーシュでユピテルのサーベルを弾いてみせた。危なかった。後一瞬反応が遅れていたら、僕は斬られていたであろう。


 僕はバックステップをしてユピテルと距離を取った。この体勢で剣を交えるのはこちらが不利だ。一度仕切り直して相手の隙を突かなければならない。どんな相手でも生き物である以上は必ず隙が生じる。僕が勝てるとしたらユピテルの隙を突くことだけだ。


「ふむ……剣筋は見劣りするが、判断は冷静だ。常に戦場を生き抜いてきた者の思考をしている」


 ユピテルが僕の戦い方を分析している。彼もまた、知略巡らせて勝つタイプなのだろう。あまりこちらの手の内を見せすぎるのは良くないのかもしれない。


 もし、数年前の僕だったらユピテルに勝てるのだろうか。剣の道にひたすら生きていて修行していたあの時、全盛期だった僕だったら。


 僕は必死であの時の感覚を思い出そうとした。今のユピテルとの実力差を埋めるには、体に感覚を呼び戻さなければならない。戦いの空気感。そのピリピリとした感覚を僕は肌で感じていた。


 僕は目を閉じた。この戦闘の緊張感を肌でもっと感じたい。そう思ったから視覚の情報は邪魔だと思った結果のことだ。


「戦闘中に目を閉じるだと。隙だらけだ!」


 足音が聞こえる。ユピテルがこちらに近づいてきているのであろう。そして、空気の流れを感じる。サーベルの位置が上昇したのだ。そしてそれが振りかざすタイミングは今だ!


 僕はマン・ゴーシュを振り上げた。マン・ゴーシュが何か堅いものにあたる。僕はゆっくりと目を開けて状況を確かめる。結果は予想通り、僕のマン・ゴーシュがユピテルのサーベルを防いで鍔迫り合いをしていた。


「バカな! 目を閉じているのに、何故攻撃のタイミングが分かった!」


 ユピテルは驚愕している。目を瞑った相手に攻撃を防がれて精神的動揺が見える。


「わかるさ。音や空気の流れ。それを肌で感じればある程度の動きは予測できる」


 僕は完全に戦場での感覚を思い出した。後は目を開けていても戦いの空気感を自分の物に出来るだろう。


「そんなバカな話あってたまるか!」


 空気を支配した僕にはユピテルの動きが手に取るようにわかった。ステップのタイミング。サーベルを振る動作。こちらの攻撃を防ごうとする所作。その大まかな流れを予測するのは最早容易い。


 ただ、動きが読めた所でユピテルはやはり凄腕の剣士。こちらの攻撃の隙を全然作ってはくれない。どのタイミングで攻撃しても反撃を食らう予測しか見えない。


 ユピテルの数十秒間の猛攻の後、ユピテルは後方に跳躍してこちらと一定の距離を取った。そして、動きをピタリと止める。何だ。急に戦いの空気感が変わった気がする。


「ふう……やはり、剣筋が読まれているようだ。キミは単純に剣の腕で勝負するタイプではない。相手の動きを読んで、対策するタイプのようだ」


 ユピテルは右手に持っていたサーベルを左手に持ち替えた。ま、まさか……


「お察しの通り、私の利き手は左だ。これからは剣の軌道も変わるだろう。果たしてキミに私の剣筋を読み切ることが出来るかな!」


 やられた。まさか、ユピテルが戦いの空気感を変えるスイッチを持っているとは。既に見切ったと思っていたユピテルの剣が全く違うものへと変貌した。先程まではユピテルを精神的に追い詰めていたのに、一気に立場が逆転してしまう。


 ユピテルが一歩踏み出す。そしてサーベルを振るう。僕はマン・ゴーシュでそれを弾こうとするが、剣筋が見切れない。僕のマン・ゴーシュは空振り、サーベルが僕の左手の肉を切り裂いた。


「うぐ……」


 僕はたまらず、左手のマン・ゴーシュを落した。左手で物を握ろうとすれば激痛が走る。この戦いにおいて、もう左手は使い物にならないだろう。僕は右手のレイピアだけでユピテルと相手をしなければならない。


 今までのような戦い方ではジリ貧になるであろう。僕はもうマン・ゴーシュは使えない。相手の攻撃を躱しながら隙を生まれるのを待つ戦い方ではいけない。こちらから隙を作るんだ。


 僕は覚悟を決めた。ロザリーがモンスター化するまでもう時間もないだろう。だから、次の一撃で決める。


 僕はレイピアを構えて我武者羅に突っ走った。もうやぶれかぶれだ。なるようになるしかない。


「愚かな」


 ユピテルは左手のサーベルで僕のレイピアを弾こうとした。今だ。僕はユピテルに向かって足払いをしかけた。


「な!」


 ユピテルが思いきりすっ転ぶ。僕のレイピアに意識を集中して下半身には全く注意をしていなかったのだろう。足払いが決まるかどうかの一か八かの賭けだったが、成功して良かった。僕はそのままの勢いでユピテルの喉元を思いきりレイピアで突いた。


「食らえ!」


「がは……」


 ユピテルが口から血を吐く。苦しそうに両手で僕のレイピアを掴み引き抜こうとするが、それも叶わずにぐったりとして倒れてしまう。


 僕はレイピアを引き抜いた。


「ロザリー大丈夫か?」


 僕はロザリーの元に駆け寄った。先程まで苦しんでいた彼女だったが、呼吸も正常なものに戻っている。


「ライン……ありがとう。体の感覚が元に戻っていく。先程まで自分が自分じゃなくなるような感覚がしてたけど、今は頭がすっきりしている。モンスター化が止まったんだと思う」


 僕はロザリーを救うことが出来たんだ。この手で……

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