女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

146.ミネルヴァと邪龍リンドブルム

公開日時: 2020年11月7日(土) 19:05
文字数:2,255

「ライン兄さん! リッチーを倒しました!」


 アルノーが無邪気な笑みを浮かべて、僕の傍に駆け寄って来た。本当に人懐っこい子だ。


「ああ。頑張ったなアルノー」


 僕の見立てによるとリッチーはかなり強敵だ。それを倒せるアルノーは、騎士としてかなり成熟している。まだ入団してから一年も経っていないのに凄い快挙だ。


「えへへー。ライン兄さんに褒められると嬉しいです」


「アルノー。早くロザリー達と合流するんだ。王都にはまだモンスターが蔓延っている。そいつらを全て倒さなきゃならない」


「はい! わかりました!」


 本当は僕も付いていってあげたい。けれど、僕には陛下のお傍にいなければならなかった。怪我の治療は終わったけれど、まだここにモンスターが来る可能性は残されていた。陛下をお守りするためにここを離れるわけにはいかない。


「ライン。私のことはもういい。お前が手当てをしてくれたお陰で大分良くなった。だから、お前もアルノーと一緒に戦線復帰するんだ」


「しかし……」


「私だって王族だ。剣の心得くらいはある。自分の身は自分で守れる。侮るな」


 そう言うと陛下は玉座の裏に隠してあった剣を持ち、鞘から引き抜いた。僕の顔が反射するくらい、とても綺麗でピカピカのレイピアだ。


「承知致しました陛下……では、紅獅子騎士団の騎士ライン。戦場へ行って参ります」


「ライン兄さんも来てくれるんですね! 一緒に行きましょう!」


 僕はアルノーと共に謁見の間を出た。早くロザリー達と合流しないと。バラバラの状態では戦力ダウンだ。


 廊下を走っているとロザリーの姿が見えた。良かった無事だったんだ。


「ライン! アルノー! 無事だったか!?」


「ああ。ロザリーも怪我はない?」


「私は大丈夫だ。それより、陛下のお身体はどうだ?」


「命に別状はないさ。むしろ、心配しすぎて怒られたくらいだ」


「そうか……なら良かった」


「あの、ロザリー団長。クローマルは何処に行ったんですか?」


 アルノーの指摘でクローマルがいないことに気づいた。そう言えば、確かに姿が見えない。


「そうだ! クローマルは中庭に落とされたんだ。早く助けにいかないと」


 ロザリーが慌てて階段を降りようとする。けれど、階段の踊り場には、既に彼の姿があった。


「ロザリー姐さん!」


「クローマル! 生きていたのか!」


「当たり前ですぜ。あんな鳥の化け物にやられるほど俺は落ちぶれていねえっす」


 クローマルは右肩をぐるぐる回して健在っぷりをアピールしている。無事なようで良かった。


「チッ……ラインの奴も生きていたのか」


 舌打ちされてしまった。本当に可愛くない後輩だ。アルノーとは正反対だよ全く。


「王城内のゾンビはジュノーがやられたのを察知したのか、街へ逃げ出したようだ。とにかく、再び街へ行きジャン達と合流しよう。彼らもまだリザードマン達と戦っているかもしれない」


 ロザリーの指示を受けて僕達は王城を正門から出て街へと向かった。王都全土が被害を受ける前に何としても食い止めなければ……



「ねえ、ママァ……ジュノーもリッチーも死んじゃったみたい。ユピテルはまだ生きているけれど、多分死んだ方がマシな目にあっていると思うよ」


 私に乗られている黒いドラゴンが私に話しかけてきた。邪龍リンドブルム。体は既にドラゴンの成体より遥かに大きいが、まだまだ精神は子供のようだ。私のことを母親だと思い込んでいるようね。


「そうか……私一人になってしまったか……折角王国を陥落させる志を持った仲間が出来たのに」


 けれど、それでも構わないわ。私は元から一人で王国を陥落させるつもりだったから。振り出しに戻っただけ……マイナスからのスタートじゃないなら、いくらでもやり直せるわ。


「リンちゃん。あの門を破壊出来る?」


「任せてよ!」


 リンドブルムは口から衝撃波を放ち、王都の門を破壊した。私とリンドブルムの背後には、千を超えるモンスターの大群がいる。


「本当はユピテルとジュノーが内部から攻めて、私が外部から攻める挟み撃ちにしたかったけれど仕方ないわ。騎士団も内部での戦いで消耗しているはず。それで良しとするわ」


「な、何だお前達は!」


 王都の外壁の門を破壊されたことで見張りの兵が私達に気づいた。けれど気づいた所で何だと言う。リンドブルムがブレスを吐くと瞬く間に見張りの兵達は蒸発してしまった。物凄い威力のブレスね。彼が敵でなくて本当に良かった。


「ママァ! 門を壊したよ! 邪魔者も始末したよ? 偉い?」


「ええ。偉いわリンちゃん。頭を撫でてあげる」


 私がリンドブルムの頭を撫でると、彼は目を細めて喜んでくれた。とても愛らしい。私の中の母性が目覚めそうだ。


 カンカンと警鐘が鳴り響く。まだ見張り兵がいたようね。


「うるさいなあ」


 リンドブルムはそう言うと警鐘を鳴らしている見張り兵の頭をがぶりと噛みちぎった。


「うまうま。人間の脳みそってなんでこんなに美味しいんだろう」


 この子は無邪気に見えるけれど、立派な邪龍。竜の本能が人間を食らい尽くすことを求めている。私はモンスターテイマーだから、その対象にはならないのが幸いした。きっとこの子は無差別で王国の民を食らい尽くしてくれるだろう。


「う、うわあ! ば、化け物だ! 化け物が出たぞ! 皆逃げろ!」


 生き残った見張り兵は大声を上げて、逃げ出した。王都の人達に危機を知らせるという大義名分を得ているのだろう。だが、その実はただ自分が逃げたいだけ。リンドブルムという最強のモンスターに立ち向かいたくないだけなのだ。


「さあ、リンちゃん。王国に絶望を振りまいてさしあげましょう?」


「はい! ママ!」

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