女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

131.水精ニクス再び

公開日時: 2020年10月30日(金) 19:05
文字数:2,726

 海はいいな。心が癒される。私は魚が沢山獲れる海が好きだ。いつまでも見ていられる。


 あれ? そう言えば、ラインとルリとクローマルの姿が見えないな。一体何があったんだ? 私は甲板を見回した。


 私が不審に思っていると私の背後から大きな水飛沫の音が聞こえた。振り返るとそこにいたのは、かつて戦った敵、水精ニクスがいた。ニクスは全身がずぶ濡れでさっきまで海に潜っていたようだ。


「よおー! また会ったな。ロザリー。元気にしてたか?」


 ニクスはトライデントの矛先を私に向ける。フレンドリーな言葉とは裏腹に、行動はかなり攻撃的だ。私も戦闘態勢を取るためにレイピアを抜いた。


「あんたみたいないい女にまた会えて嬉しいぞ」


「私は貴様みたいな男に粘着されて最悪の気分だがな」


 私は唾を吐き捨てるようにそのセリフを吐いた。それを受けてニクスは気色悪くニタァと笑う。


「あはは。相変わらず気の強い女だ。オイラそういう女嫌いじゃないね!」


 私が気の強い女だって? 全く私のことを何もわかってないなこいつは……私は本当は傷つきやすくて、繊細な心の持ち主なんだ。気が強く見せているのはただ虚勢を張っているだけのこと。本当の私をわかってくれるのは、やはりラインしかいない。


「そうだ。今日はここに来た目的について話そうか。水龍薬を渡せ。そうすればオイラは大人しくここを去るぞ」


 あんなに苦労して手に入れた水龍薬を渡せだと? そんなこと出来るわけがない。


「悪いけれどそれは出来ない相談だ。潜水能力を持っている水精の貴様には必要のないものだろう?」


「オイラには必要なくても、それをあんた達が持っているのが気にくわないんでね」


 ニクスは睨みをきかせてこちらを威嚇してくる。本音では怖いが、それを悟られるわけにはいかない。気持ちで負けていたら戦闘では不利だ。ここは強気で行くしかない。


「そんなに欲しければ力づくで奪ってみろ」


 そう言うや否や私はレイピアでニクスの心臓目掛けて刺突をする。しかし、ニクスもその攻撃を察知していたのか後方に思いきり跳躍して海の中に再び潜った。


 水面にニクスの顔が出て来る。そして、またもや不気味な笑顔を私に向ける。


「ぷはあ……いきなり、攻撃するなんてやるねえ。そういう不意打ちをしてくる女は嫌いじゃない。だけれどここは海だ。オイラのフィールドだ。オイラにはこういうことも出来るんだぜ」


 ニクスはトライデントを持ち、それを船底に向けて思いきり突いた。その衝撃で船が揺れる。まずい。この攻撃が続いたら、いずれ船底に穴が開いてしまう。そしたらこの船は転覆してしまう。


 それを防ぐためには……


 私は意を決して海の中に飛び込んだ。正直海中での戦いは不利なのはわかっている。けれど、船を沈めるのを阻止するためには、奴の標的を私に変えなければならない。


「一緒に海水浴してくれるってのかい? いいぜ? オイラと溺れるくらい熱いデートをしよう」


 ニクスは慣れた手つきでトライデントを私に突き刺そうとしてくる。私はレイピアでその攻撃を弾こうとする。しかし、相手の力の入れ方の方が圧倒的に上だ。水の抵抗で力を持っていかれた私のレイピアの一撃では防ぎきれずに、攻撃を許してしまう。


 トライデントが私の脇腹の横を通り過ぎる。後少し、私の体が右の位置にあったのなら、間違いなく貫かれていたであろう。


「ああ。惜しいね。後少しで串刺しに出来たのに」


 やはり海中での戦い方は不利だ。奴は水の抵抗を限りなく少なく計算して動いている。それは長年水中で暮らして来た知恵なのだろう。それに対して、私の動きは水の抵抗を思いきり受けてしまう動きだ。どうすれば抵抗なく動けるのか、私はそのすべを知らない。


「今の一撃を受けてみて分かっただろう? 海中でオイラに勝つのは無理だって。大人しく投降すれば本当に見逃してやるって」


「そんな言葉に乗ると思うか? 紅獅子騎士団団長を侮るな!」


 私はレイピアでニクスを突き刺そうとする。しかし、先程の地上ですら避けられた攻撃を、抵抗がある海中で命中させられるはずもない。


 ニクスは私の攻撃を受ける直前に海中へと潜り躱した。そして、海中へ潜ったニクスは私の足を掴む。


「な! 離せ!」


 私の足を掴みニクスは私を海中に引きずりこもうとしてきた。このままでは、まずい。相手は水精だから海中でも呼吸は出来るが、私は普通の人間だ。海中でなんか息は出来ない。


 ニクスが私を引きずり込もうとする力はどんどん強くなる。私はそれに対して必死に抵抗をする。掴まれている方の足とは反対の足で、ニクスの手の甲を踏みにじる。すると、ニクスの握力が弱まった。私は急いで体を浮上させて、その場から離れた。


 しばらくすると、ニクスが海面に顔を出して来た。その顔は苦痛に歪んでいる。


「いってえ! チクショウ。オイラの手の甲を踏みにじりやがって。オイラには踏まれて喜ぶ趣味はねえってのに」


「わ、私だって男を踏んで喜ぶ趣味はない!」


 ニクスはトライデントを構えて、再びこちらに向き直る。


「やはり、これで決着をつけるしかなさそうだな。あんまり女の子の体に傷はつけたくなかったけれど仕方ない」


 私はニクスの動向を深く観察した。このままやりあっていたら不利になるのは私の方だ。なら、私が勝つためには頭を使うしかない。


 ニクスはトライデンを持って私の方に突き進んできた。水の抵抗を受けた私の力ではそれを弾くことは出来ないだろう……なら、海中であることを逆に利用してやればいい。


 攻撃が来る瞬間、私は海中へと潜った。私が体勢を低くしたことでニクスのトライデントの攻撃を躱したのだ。そして、ニクスの次の行動は海中にいる私に対して、トライデントを突くことであろう。案の定ニクスは、海中の私めがけてトライデントを突き刺して来た。


 トライデントの力の加わり方は斜め下だ。その力の向きさえわかっていれば、軌道は読める。私はトライデントを躱して、マン・ゴーシュを左手に構えた。そして、ニクスのトライデントの持っている手が水中に入ったのを確認したら、マン・ゴーシュで素早く突き刺す。


「痛っ!」


 私の作戦はニクスの手を潰すことだ。そうすれば、トライデントを持つことが出来なくなる。相手が素手の状態なら私にも勝機はあるだろう。


「やるじゃねえかロザリー……」


 ニクスの片手は潰した。本来両手で扱いトライデントをニクスは片手で持っている。恐らく先程までとは違い満足に扱うことは出来ないであろう。


「チッ……今日の所はこれくらいにしておいてやる。ただ、その水龍薬を使って海中に潜るなら覚悟しておけよ。海中はオイラのテリトリーだ。その時になったら手加減は出来ないぞ」


 ニクスはそう言い残すと、海中へと潜って去っていった。なんとか退けられたか……

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