剣の感触。嫌な感触だ。あの時の事を思い出す。ロザリーを助けるために仕方なく握ったとはいえ、人を殺すための剣じゃないとはいえ、やはりいい気持ちはしない。
「この剣返すよ。ありがとう」
サハギンの鉄砲水を受けて戦線離脱した女騎士から僕は剣を拝借していた。彼女の元に剣を返して、僕は一人で皆がいる場所を去ろうとする。
「ライン兄さん。どこに行くんですか?」
アルノーが僕に着いて来ようとしている。可愛い弟分のような存在である彼であるが、今は正直付き纏われたくない。
「ああ。ちょっと、一人になりたくてね」
「そうですか……」
僕は捨てられた子犬のように悲しそうな顔をするアルノーを尻目に石段を登っていく。海岸近くの漁村には必ずと言っていいほどある高台。突然の津波に襲われても大丈夫なように避難する目的で作られたそこに僕は立っていた。
ここから、海がよく見える。透き通るほど青くて綺麗な海だ。この美しい青い色を見ていると彼を思い出す。
ここの漁村の人達は海を大切にしているのだろう。海岸にはゴミらしきものは殆ど落ちていない。
潮風に当てられて波の音を聞きながら、僕は物思いに耽っていた。この人がいなくなってしまった漁村にかつての自分が所属していた騎士団に思いを重ねながら……
◇
ガスラド村から王都にやってきた僕。慣れない王都での暮らしに戸惑っていた。友達は出来ないまま。別に田舎者だと差別されたわけではない。僕に優しく話しかけてくれる子供もいたけど、彼らを心から信用することは出来なかった。
故郷の村での出来事がトラウマになっていたからだ。仲良かった友達がエリーに石を投げているのを見てある種裏切られたような思いをした。彼らも何かのきっかけで僕に対して牙を剥くかもしれないと思ったら怖くて友達なんて作ろうとは思わなかった。
周囲と壁を作っていた僕はそれを悟られて、次第に周りからも疎まれるようになっていたけど、たった一人の年上の少年はそれでも僕に話しかけてくれた。オリヴィエという海のように深い青色をした髪と瞳の少年。常にどこかしら怪我をしているくらい活発な性格で、塞ぎこんで暗い性格になっていた僕とは正反対だった。
最初は絡んでくるオリヴィエに対してあまりいい感情は沸かなかったけど、何度か話しているうちに彼と打ち解けることが出来た。それ以来他の友達との壁も壊れたような気がして、僕は一人じゃなくなった。彼は僕に人を信じるという当たり前の気持ちを思い出させてくれた恩人でもある。
「なあ、ライン。お前将来の夢はあるか?」
「将来の夢か……騎士になることかな」
「騎士かー。いいね。なあ、お前もさ、俺の師匠の元で剣を鍛えてもらわないか? お前絶対素質あると思うぜ」
ただ、漠然とした騎士になりたいという夢が僕の中で目標に変わった瞬間だった。騎士になりたいとは思っていても具体的に剣の修行をしたというわけではない。実際に剣を教わる機会をオリヴィエがくれたのだ。
後日、オリヴィエに連れられて僕は彼の師匠の使用している訓練所にやってきた。オリヴィエの師匠はとても強面で睨んだだけでモンスターを殺せそうな程の威圧感を放っていた。最初に会った時は震えあがって、下半身の玉が縮みあがるような思いをした。
「キミがライン君か……なるほど。いい体付きをしている。筋肉の質もいい感じだ。日常生活に現れる所作もしなやかなもので無駄がない。とんでもない素質を秘めてそうだな」
「師匠もそう思いますよね? こいつ鍛えたら絶対凄い騎士になりますって」
何だかよくわからないけど褒められている気がする。最初は見た目だけで怖い印象の人かと思ったけど、話してみれば物腰は柔らかい人だし思ったより怖くないのかな?
「ライン君。まずはこの模造のレイピアを使って剣の扱い方を覚えようか。私の動きをよく見て真似するように」
「はい」
師匠はとても華麗な動きで空中を刺突した。僕は見様見真似で同じように刺突を試みる。が、師匠の様に綺麗には決まらなかった。
「初めてにしては筋がいいぞ。もう一度」
その後、僕は何度も何度も刺突をした。師匠の動きには全然ついていけてないけど、剣を振るうのがとにかく楽しかった。そうしているうちに段々と周りが薄暗くなってくる。もうすぐ帰らなければならない時間だ。
「時間も時間だし、そうだな……オリヴィエ君。ライン君と手合わせしてあげなさい」
「はい師匠。行くぞライン。これが最初で最後の手合わせになるかもな」
「え? 最後ってどういうこと?」
最初の手合わせは意味はわかるが、オリヴィエもこの師匠の門下生ならばまだ手合わせする機会はあると思った。
「俺はな。明日から騎士団に配属されるんだよ。不死鳥騎士団っていう所にな。だから師匠の元で剣を学ぶのは今日で最後なんだ」
「そうか……オリヴィエは騎士になるんだな」
「ああ。念願の騎士になれるんだ。それじゃあ行くぞ」
オリヴィエが一歩前に踏み込む。それと同時に模造のレイピアが僕の喉元を突き刺す寸前で止まった。たった一瞬。それで勝負は決まった。余りの早業に僕はどうすることも出来なかった。
「す、凄い……凄いよオリヴィエ!」
「そんなに褒めるなよライン」
「ライン君。キミはオリヴィエを見て凄いと思ったか? 私の元で剣の修行をすればキミもこれくらいは出来るようになる」
師匠のその言葉に僕はゾクゾクした。こんな凄い剣技を自分も身に着けることが出来るなんて夢のようだ。
「オリヴィエ! 僕は必ずキミに追いついて見せる! そして不死鳥騎士団に入る! そしたら一緒にモンスターと戦おう!」
「ああ。その日を楽しみにしているぜ」
僕とオリヴィエは堅い握手を交わした。この握手が二人の誓いの証。僕は騎士になり、オリヴィエと一緒に戦うんだ。
その後、色んな事があった。師匠の親友の娘であるロザリーが僕の妹弟子になったりもした。彼女との思い出もいっぱいあるけど、今は思い出している場合じゃない。
成長した僕はオリヴィエのいる不死鳥騎士団に入ることになった。そう、入ってしまったのだ。それこそが僕の悲劇の始まりだったのだ。
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