女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

108.セイレーンの歌

公開日時: 2020年10月22日(木) 21:05
文字数:2,545

 僕とキャプテン・ホルスがお互いの剣を交える。彼のサーベルと僕のクレイモアがぶつかりあう。金属同士がぶつかりあう音が船上に響き渡った。


「ホルス!」


「あ、すみません姐御」


 何だ? 今のやりとりは……キャプテン・ホルスは何に対して謝ったんだ? まあいい。そんなことを気にしている場合ではない。今は戦闘に集中しないと。


 クレイモアの扱い方も大分慣れてきた。実戦で使ったのは今日が初めてだけど、不思議と僕の手に馴染んでくれたのが嬉しい。オリヴィエ、僕に力を貸してくれ。


「讃えよ~海を崇めよ~この詩は~海賊の糧となるだろ~俺達は海賊~俺達は海賊~」


 なんだ? セイレーンが変な歌を歌い始めたぞ。一体何を始めようと言うんだ。セイレーンの歌は不思議な魔力があるという。止めなきゃまずいか?


「サンキュー姐御!」


 キャプテン・ホルスはサーベルで僕に斬りかかった。こいつの動きは大体見切っている。避けるのは容易いはず。そう思っていたが、気づいたら僕は腹部に浅い切り傷を負っていた。


「バカな……」


 キャプテン・ホルスの動きが格段に良くなったのだ。先程までは海賊らしい粗野な剣技だったが、今のキャプテン・ホルスは違う。高名な騎士と比べても遜色がない程の剣の腕前へと進化しているのだ。


 セイレーンの歌をきっかけにキャプテン・ホルスは強くなった。まずい。あの歌を止めないとまずい。でもどうやって止める?


 キャプテン・ホルスが猛攻をしかけてくる。大丈夫。さっき、奴の攻撃は見ている。僕なら見切れるはずだ。僕は奴の攻撃をひたすら躱し続けた。揺れる船内にも大分慣れてきた。軽やかなステップで僕は攻撃を避ける。


「てめえ! 避けてばっかりで消極的な戦い方だな!」


 キャプテン・ホルスが挑発をする。しかし、彼の言うことは尤もである。スケルトンはアンデッドだ。死んでいるため体力という概念がない。そのため無限に活動することが可能なのだ。それに対して、生きてる僕には体力の限界というものがある。今は攻撃を避け続けられても、疲労が蓄積して動きが鈍る可能性もある。そうなったら一貫の終わりだ。


 やはりここは僕も攻撃を仕掛けなければならない。僕は痛む腹部を我慢しながら、クレイモアを振るった。あまり、大きな動きは出来ない。腹の傷が裂けてしまう可能性があるから。最小限の動きで繰り出した剣技は、キャプテン・ホルスのサーベルに命中した。


 またもや、金属の音が響き渡った。


「く……」


 セイレーンの歌が止まった? 一体何故だ……? まさか、セイレーンは金属がぶつかる音に弱いのか? 考えてみれば、僕とキャプテン・ホルスが剣を交える度にセイレーンは苦しがっていた。


 なるほど。そういうことだったのか。試してみる価値はありそうだな。


 僕は、クレイモアで何度も何度も何度もキャプテン・ホルスのサーベルを叩きつけた。


「お、おい! 貴様何をして……」


 キャプテン・ホルスが露骨に慌て始めた。一方のセイレーンは頭を抱えて苦しがっている。


「あが……や、やめなさい! その音を止めなさい!」


 セイレーンの弱点は金属の音だった。あの特有の甲高い音が苦手なのだろう。このままこの音でセイレーンを責め立ててやる!


「く……き、貴様……」


 キャプテン・ホルスの動きも大分鈍っている。奴は所詮、セイレーンの魔力によってこの世に蘇った存在。そのセイレーンの身に異常が出ている今、体の維持すら困難な状態だろう。


 周囲を横目で見ても、周りのスケルトンも苦しがっている。セイレーンの魔力の供給が切れた証拠だろう。紅獅子騎士団の皆が、雑兵のスケルトン軍団を次々に倒していく。


「ライン! 俺達が剣を使ってその音を出し続ける。お前はキャプテン・ホルスとセイレーンをその隙にやれ!」


 紅獅子騎士団の皆が二人一組になって、お互いの剣と剣を交わわせて金属音を響かせた。特にこの音が苦手ではない僕ですら耳障りに感じるほど、周りからやかましい音が聞こえる。セイレーンにとっては地獄のような状況だろう。


「食らえ!」


 僕はクレイモアでキャプテン・ホルスの脳天を叩き割った。キャプテンホルスの骨だった粉は潮風に飛ばされて海へとばら撒かれていく。


「セイレーン! これでお前を守るものはもうなくなった! これで止めだ!」


 僕はクレイモアでセイレーンに思いきり斬りかかった。的確に急所を狙う。せめて一撃で葬ってあげよう。いくらモンスターとはいえ、無駄に苦しむ必要はない。


 僕の体にセイレーンの返り血が付着する。息絶えたセイレーンはそのまま、髪の毛を含む全身が泡になって消えてしまった。


 これでジュノーがセイレーンの髪の毛を入手することはなくなったであろうか。



「……あら、セイレーンの魔力が消えたようねぇ。でもまあいいわぁ。既にセイレーンの髪の毛は入手済み。あの子が報酬を事前に払ってくれて助かったわぁ。まあ、討伐しにくる騎士団を倒すという依頼は達成出来なかったけどねぇ」


 ジュノーがそう言って髪の毛の束を私に見せつけてきた。く、既に入手済みだったとは……この戦いは完全に無駄なものであったか。否、私がここでジュノーを倒せば、無駄じゃなくなる! 髪の毛をなんとしてでも奪うんだ!


「まあ、中々楽しかったわぁ。ありがとう紅獅子騎士団の皆。いい暇つぶしになったわぁ」


 そう言うとジュノーは海へと飛び込んでしまった。


「な!」


 ジュノーは正気か? 水中では呼吸が出来ないはずなのに……あ、そうか。ジュノーはアンデッドだから呼吸してないんだ。だから水中でも問題なく活動出来るのか。


「という訳だ、ロザリー。アンタとオイラの決着はまた別の機会につけよう」


 そう言うとニクスも海へと飛び込んだ。私は船から奴らの動向を指をくわえて見ているしか出来なかった。先に海に飛び込んだジュノーをニクスが抱きかかえて、物凄い速さで丘へと向かっていってる。流石水精、水の中の速さは群を抜いている。船じゃとても追いつけない。


 今回はセイレーンを討伐するという目的は果たせた。だけれど、髪の毛は奪われてしまった。これからどうしよう。またリュカ大臣に嫌味を言われるのかな? でも、ラインのお陰でセイレーンは倒せたし、それでチャラにならないかな?


 私はそう思いながら撤退指示を出した。とにかく、今回の任務はこれで終了。くよくよしても仕方ない。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート