ユピテル男爵の屋敷に行くことが決まったので、紅獅子騎士団を代表してジャンが彼に書簡を送ることになった。本来なら団長であるロザリーが代表して書くべきなのであろうが、ロザリーはこういうのが苦手なのだ。だから、理知的なジャンが代筆することになった。
「すまないなジャン。私に文才がなくて余計な手間をかけさせて」
「いえ。いいんですよ。将である団長を支えるのが軍師の役目です」
そのやりとりがあったのが今より一週間前。今日はユピテル男爵から書簡の返事が届く日だ。ジャンは書簡の封を開けて中身を確認する。
「ふむ……ユピテル男爵の許可が取れました。四人までなら屋敷に招いて下さるようです」
「四人か……団長である私と軍師であるジャンは行った方がいいだろう。後のメンバーはどうするか」
「私はラインとアルノーを推薦します」
「え? 僕?」
「お、俺ですか!?」
ジャンに指名された僕とアルノーは二人して驚いた。何故衛生兵に過ぎない僕が指名されたのであろう。
「ライン。貴方は医学の知識があります。だから、死体を見てそれが本当にジュノーのものであるか確認して頂きたいのです」
「どういうこと? ジャン」
「これはあくまでも可能性の話です。だから出来るだけ口外しないので欲しいのです。男爵に嫌疑をかけたとなると私の立場が危うくなりますからね」
ジャンが念を押している。確かに下々の僕らが爵位を持っている貴族に嫌疑をかけたら、大問題になる。と言うことは、ジャンはユピテル男爵のことを疑っているのだろう。
「もし、ユピテル男爵が復活したジュノーと繋がっていたとします。そうなれば、当然彼は偽装工作をするでしょう。ジュノーの遺体を改められた時のことを考えて、別の死体をジュノーの墓場に入れておくことも考えられます」
「確かにその可能性は否定出来ないね……」
僕はジャンの発言に同調した。
「今回ジュノー名義で書簡をこちらに送ったのは王都に対する挑戦もあるでしょう。ですが、真なる目的は王国全体に不安な感情をばら撒いて精神的に疲弊させる目的があるかもしれません。ジュノーが復活したという可能性が1パーセントでもある限り、国民は健全に生活出来ませんからね」
「確かにな。このことが国民に知れたら大騒ぎになるから、王国はこのことに対して緘口令を敷いているわけだ」
ロザリーの発言を受けて、ジャンが頷く。
「ええ。ここからが本題なのですが、その緊張感の時にジュノーの死体がちゃんと見つかったとなればどうなるか。それは、王国全体の緊張が緩んでしまうんです。人の緊張状態というのは長く続きません。安心出来る情報が手に入ったら弛み、油断するものです。その時を、復活したジュノーに突かれたら王国は間違いなく壊滅するでしょう」
僕はジャンの話を聞いてゾっとした。確かにそれは恐ろしい計画だ。そしてそれを看破するジャンもまた恐ろしい。本当に彼が敵でなくて良かったと改めて思う。
「わかった。でもジュノーは既に骨になっている。骨格を見た所でわかるのは大人か子供か、男か女か程度しかわからないと思うよ。もし同年代の女性の焼死体を身代わりにされていたら、わからないかも」
「実は、私の曽祖父がジュノーの生前に彼女の歯型を取っていたのです。恐らくは、彼女が不死モンスターとして蘇ることを予期していたのでしょう。その時の資料があります。それで判断つきますか?」
「キミの曽祖父は本当に凄いね。こういう状況まで見越していたというのか。歯型の情報があれば本人鑑定は出来ると思う」
ジャンの一族の抜け目のなさに僕は畏怖の念を抱いた。とりあえず僕のやることは決まった。ジュノーの死体を鑑定して、本人確認することだ。……と、ここで僕はあることに気づいてしまった。
「さっきは鑑定出来るって言ったけど、それは遺体の状況次第かな。ジュノーの死体は死後何十年と経過している。骨が土に還るには百年単位の時間が必要だから骨自体は残っているはず。だけど、土壌次第では骨の一部が溶けているかもしれない。そうなると正確な鑑定結果は得られないかも」
「そうですか。そればっかりは仕方ありません。そうならないように祈るしかありませんね」
◇
僕達は北東にあるユピテル男爵の屋敷を目指した。馬を走らせること十二時間。朝方に出発したのにもう夕暮れだ。
ユピテル男爵の屋鋪は古風な感じで、とても立派なものだった。鉄柵で出来た門の内側に漆黒の建物がそびえ立っている。夕暮れの雰囲気も相まって不気味な雰囲気を醸し出している。幽霊が化けて出てきそうな外観は死霊の巣と形容するに相応しいだろう。
僕達は馬を止めて、ユピテル男爵の屋敷の門戸を叩いた。
「夜分遅くに申し訳ありません。私は紅獅子騎士団のロザリーです。書簡の通り、王都よりここまで馳せ参じました」
ロザリーの言葉に反応したのか、重苦しい扉が開いた。扉の内側には黒い執事服を来た端正な顔立ちの男性がいた。彼が扉を開けたのであろう。
「お待ちしておりました。紅獅子騎士団の皆様。さあ中へどうぞ。男爵様がお待ちです」
ジャンとアルノーは躊躇することなく、中に入っていく。しかし、ロザリーはその場から固まって動かずに立ち尽くしている。
「どうしたのロザリー?」
僕が声をかけるとロザリーはがたがたと震え始めた。
「こ、怖い……こ、この屋敷絶対お化けでるって!」
ジュノーが不死系モンスターになったかもしれないって言う話の後で何を言っているんだこの人は……
「大丈夫だよロザリー。お化けなんていやしないさ」
「そ、その……この門戸をくぐる時だけでいいから、手を繋いで……お願い」
ロザリーの懇願するような視線を受けたら、そうせざるを得ない。僕は黙って彼女の手を握り、一緒に門戸をくぐった。
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