ルリちゃんは僕達をじっと見つめている。僕とロザリーに緊張が走る。魔導書の秘密。一体どんなことが語られるのだろうか。
「この魔導書の著者はメノウ。私の曾祖母に当たる人なの。東洋では不思議な魔術を扱うことで魔女として恐れられていた人物なの」
ルリちゃんの曾祖母が魔女と呼ばれる人だったんだ。だから曾孫のルリちゃんもどことなく魔女の雰囲気があったんだ。
「メノウは西洋……つまりここの国だね。の文化に非常に興味があって、西洋の言葉でいくつもの本を書いていたんだ」
「なるほど……」
僕は頷いた。そのお陰で僕とロザリーが本を読めたわけで、そこは助かった。
「そしてメノウが遺した著書の中に魔導書と呼ばれるものがあった。これらはメノウの予言によって書かれたものなんだ。メノウがこれから近い将来実現化されるであろう物を予言したもの。未来にとっては当たり前の技術でも過去の人にとっては魔法のように映るから魔導書ってことにしたの」
未来の技術の本……? 確かに今当たり前のように使われている技術も昔に人にとっては魔法のように映るかもしれない。そういう意味では科学と魔法は表裏一体なのかも。
「メノウは魔導の力を持った女ではない。予言の力を持った女だったの。予言で未来の科学技術を現代に再現して魔法のように奇跡の力のように見せかけてたの」
ルリちゃんは鞄の中から本を取り出した。青い表紙の本。煉獄の書弐と書かれている本だ。
「この本に書いてあったの。タクル高山の山頂でスロボルのお花が発見されるって。だから私は海を渡ってこの国に来た。先にスロボルの花を発見して回収するために」
「回収する目的は何だ?」
ロザリーがルリちゃんに詰め寄る。しかしルリちゃんは物怖じせずにロザリーと視線を合わせる。
「私の国の皇帝陛下がご病気になられたの……現代医療では治療が難しいって……だから私はメノウの遺した未来の技術に頼ることにしたの。そしたら万病に効くスロボルの花があるって……」
「なるほど。ルリちゃんは皇帝陛下を助けるためにその花が必要なんだ」
「ふむ。なるほど。人命がかかっているのか。ならば、その花は譲るしかあるまいな」
「本当? 譲ってくれるの?」
ルリちゃんは目を輝かせる。彼女は僕達の狙いがその花にあると思っていたから奪われやしないかと思っていたようだ。
「大丈夫。僕達は別に急ぎの用でその花が欲しいわけじゃないからね。ただの研究目的で欲しかっただけなんだ」
「そうなんだ……良かった。取り合いにならなくて」
ルリちゃんはほっとしたのか溜息をついた。脱力しきっている様がなんだか可愛らしい。
「ねえ、ラインさんと団長さん二人は恋が成就するおまじないは信じている?」
「私は信じてないぞ」
実際にやって効果がなかったからね。
「メノウの書いた予言書はあえて嘘が書かれていることもあるんだ。恋が成就するおまじないもそうだって言われている……でも私は信じたいの。その方が夢があるから」
その方が夢があるか……僕は魔導書が最初から全部嘘っぱちなものだと決めてかかっていた。昔の人が夢見たけど実現しなかったものの成れの果て。
ところがそうじゃなかった。この魔導書は予言の力を持つメノウという女性が書き記したもので未来の技術を魔術に見立てて書き残したものだ。
魔法を現実にする。そんな力がこの魔導書にはあるのかもしれない。
◇
ルリちゃんはロザリーの家に泊まることになったそうだ。足の怪我が治るまではしばらく安静にするらしい。国に帰るのはその後だということだ。
僕はルリちゃんから借りた青い魔導書。煉獄の書弐をパラパラと目を通した。そこにはマスケット銃のことが書かれていた。ルリちゃんの曾祖母の時代だからまだ実用化されていない銃器だ。それが書かれているなんてこれは本物の予言書のようだ。
ルリちゃんの曾祖母はとんでもない人物だったんだなと僕は思った。
それにしてもスロボルの花の効力はとんでもないな。精神疾患にも効くという話もあるし、これでロザリーの精神的負担を少しでも和らげることが出来るかな?
僕は穴が開くほど魔導書を読み込んだ。魔導書には大変興味深いことが書いてある。とはいえ、この中にはメノウの嘘も含まれているらしい。しかし、何が嘘で本当かを推測しながら読んでいくのが却って楽しい。僕は子供の頃に読んだ絵本よりもこの魔導書に夢中になっていた。
欲しい……もっと魔導書が欲しい。メノウの書いた魔導書が読みたい。そうした欲求が僕の中で強くなっていくのを感じる。
東洋にいこうかなと僕は一瞬思った。東洋はメノウの出身国。そこに行けば彼女の魔導書がまだまだあるに違いない。それを見つけ出して……ダメだ。僕が東洋に行ったらロザリーが一人きりになってしまう。それだけは絶対にしてはいけない。僕がいなくなったら彼女は誰に甘えればいいのだ。僕がついていてあげないと……
結局、自己完結的に東洋に行くのを僕は諦めた。勝手に夢見て勝手に散るという何とも情けない結末だ。
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