女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

64.過去語り

公開日時: 2020年10月12日(月) 22:05
文字数:2,007

 蒼天銃士隊の指揮に従って、僕達はタクル高山を登り、中腹辺りの谷まで辿り着いた。銃士隊は谷の上で銃を構えている。


「ライン、ロザリー、アルノー。後は頼んだぞ」


 ピエールが僕の肩をポンと叩いた。僕達はこれからハーピィをおびき寄せるための囮になる。万一追いつかれて戦闘になった時のことも考えてマスケット銃を受け取った。


 ハーピィは空を飛ぶモンスターだ。上空にいる相手を攻撃するにはどうしても飛び道具が必要になる。そこで普段剣を武器に戦う騎士のロザリーとアルノーにも銃を持たせることになったのだ。


「ライン、アルノー。行くぞ」


 ロザリーが振り返り、ハーピィが潜む洞窟の方向へと歩き出した。僕とアルノーも彼女に続く形で歩きだす。


「今回ミネルヴァと遭遇しますかねえ」


 アルノーがそう呟く。そういえば、僕はミネルヴァに会ったことがないな。手配書で見たことはあるけど、実際に顔を合わせて見たことはないな。


「さあな。でも遭遇したら私がこの手で捕まえてやる」


 ロザリーは拳をぐっと握りこんだ。ミネルヴァに対する怒りがひしひしと伝わってくる。


「私はこの国が大好きだ。空気は澄んでいるし、水も綺麗だし、食事だって美味い。それに国民の笑顔が何より好きだ。彼らの笑顔があるから私は頑張ろうって思える。モンスターの侵攻から国を守ろうって思える。その王国を陥落させようとするミネルヴァはやはり許せない」


「僕も同じ気持ちさ。師匠が好きだったこの国を守りたい。そのためならこの身を捧げる覚悟は出来ている」


「師匠か。懐かしい響きだ。また会いたいな」


「師匠? 師匠って誰ですか?」


 アルノーがキョトンとした顔でそう尋ねた。そうか。アルノーにはまだ話してなかったか。


「僕とロザリーは元々この国の騎士だった師匠に剣を教わったんだ。僕の方が兄弟子で、ロザリーは妹弟子。ロザリーは両親が死んでから師匠の引き取られてそれから剣を教わるようになったんだ」


「へー。ライン兄さんの方がロザリー団長より年下なのに兄弟子なんですね。なんか面白いですね」


「アルノーは知らないと思うけど、ラインは私より強かったんだぞ。四六時中、住み込みで師匠のもとで修行してた私と違って、通いで来ていた癖に全然追いつけなかった」


「ライン兄さんってロザリー団長より強かったんですか!? 通りで対スライムの特訓の時に見せた剣技が凄まじいと思いましたよ」


「昔の話だよ。今はロザリーには勝てない。ロザリーが強くなったのもあるけど、僕の剣の腕も相当鈍っているからね」


 謙遜ではなく事実だ。ロザリーは騎士になってからはメキメキと実力をつけて今では王国最強クラスの騎士に成長している。ロザリーは修行よりも実戦で強くなるタイプだったのだ。


「ラインが騎士を辞めてなかったら、今頃私なんか相手にならないくらい強い騎士になっていただろう」


「それは買い被りすぎさロザリー。正直僕はキミの成長に驚いているんだ。もし、僕が騎士を続けていてもキミには勝てなかっただろう。それほどキミの成長は凄まじい」


「ライン兄さんはどうして騎士にならなかったんですか?」


 その質問を受けて僕の足がピタリと止まる。それに釣られて二人も足を止めた。


「アルノー。ラインは元々騎士だったんだ。でもすぐ辞めたんだよな。私にも辞めた理由は教えてくれなかったが」


「ああ。そうさ……この話はしないでくれるか?」


「す、すみませんライン兄さん。俺なんか地雷踏んじゃったみたいで」


「気にしないでくれ。キミは悪くない」


 僕の陰鬱いんうつとした雰囲気を察したのか、アルノーはそれ以上何も言ってこなかった。ロザリーも切なそうな表情を浮かべる。僕にはロザリーの心は読めないけど、彼女の言おうとしていることは大体わかる。「どうして、私にも教えてくれないんだ」と顔が訴えかけている。


 ロザリーは優しい性格だから僕が自分から話してくれるまで待っていてくれているのだろう。僕が騎士を辞めた理由。剣を握らなくなった理由。いつかはロザリーにも話す時が来ると思うけど、今はまだ話す気にはなれなかった。


 最初は和やかに話しながらの移動であったが、途中から気まずい雰囲気が漂うものになってしまった。僕はそれに対して申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。


 そろそろ、ハーピィの洞窟に着く頃だろう。ロザリーとアルノーも気を引き締めているようだ。


 ハーピィが潜む洞窟が見えた。その洞窟の中がまるで蛇の胃袋に繋がっているかのような不気味さを醸し出している。この中に連れ去られた少年もいる。彼も早く助けてあげなければ……


「ライン。囮は私とアルノーでやる。キミはどこか岩陰に隠れていてくれ。ハーピィが三匹洞窟から出たら、キミは少年を助けに洞窟の中に突入するんだ。キミは衛生兵だから少年の体調を診てやれるだろう?」


「ああ。わかった。少年の救助は僕に任せてくれ」


 ロザリーは黒い煙玉を手に持ち、洞窟へと近づいていく。


「では、いくぞ……作戦開始!」

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