私は数人の騎士を引き連れて、ジュノーが乗っている船へと乗り込んだ。ジュノーの船にはスケルトンと化した海賊達が乗っていて、彼女を取り囲むように陣形を組んでいる。
「ジュノー! 王国に仇なす魔女よ! この紅獅子騎士団のロザリーが貴様を再び地獄に落としてくれよう!」
私はレイピアを抜き、ジュノーに向かってレイピアの刃を向けた。その様子を見て、ジュノーはくすくすと笑った。随分と余裕なようだな。その余裕の笑いも切り裂いてやる。
「あら、怖い。レディがそんなこと言っちゃだめじゃなぁい。貴女は可愛いんだから、もっとお淑やかにした方がいいわよぉ」
「く……王国の敵に褒められても私の心は何も響かんわ!」
どうも調子が狂う。王国に伝わる御伽噺のジュノーはもっと残忍な性格に描かれていた。が、実際に会ってみると掴みどころがない性格をしている。
「皆! かかれ! まずはジュノーの周りにいるスケルトン達を倒すぞ」
私は騎士達に指示をした。彼らは私の指揮に従い、スケルトンに突っ込んでいく。紅獅子騎士団はどの騎士も非常に優秀な騎士だ。海賊程度に遅れを取るような集団ではない。
騎士と海賊の戦いが始まる。スケルトン達は軽快な動きを活かして立ちまわっている。回避を中心とした戦法で、騎士達の猛攻を避けて隙を伺う消極的な戦い方だ。
一方、勇敢たる騎士達の戦いは攻撃あるのみ。スケルトン達に猛攻をしかける。殆どの攻撃は躱されているが、時々攻撃が掠ってやつらの骨を削っていく。この調子ならいつかクリーンヒットが生まれて奴らを倒せるだろう。
私はジュノーに睨みを利かせる。ジュノーはどんな戦い方をするかわからない。奴は自身がモンスターテイマーでありながら、不死系のモンスターに転生している。奴の実力はまだ未知数だ。余力を残しておいて損はないだろう。
前線に立って戦うだけが紅獅子騎士団団長のロザリーではない。ジャンがいない今、私が作戦立案と指揮をきちんとこなさなければならない。
「皆! 海賊の動きをよく見極めるんだ。相手の次の動きを予測しながら剣を振るえ!」
私の指示を受けた騎士達は動きが劇的に改善した。先程まで避けられていた攻撃が、次々に命中していく。流石に骨だけのスケルトンは堅いのか一撃では倒せないが、それでもいいダメージは入っているだろう。この調子が続けば、私の消耗無しでスケルトンを突破することが出来るだろう。
「そろそろ彼が来る頃かしら……」
彼……? 一体何だ? こんな海のど真ん中で何が来ると言うんだ?
そう思った刹那、海から何かが飛び出すような波しぶきを上げる音が聞こえた。そして、船の上に何者かが乗り込んできた。
海水に濡れた緑色の髪は妖艶な雰囲気を醸し出している。吸い込まれそうな程の黒い瞳。中々の美形である。小麦色の肌で、白い装束を着ている。そして何より特徴的なのは、叉が三つある矛、トライデントを持っていることだった。
その青年は髪をかき上げる仕草をする。何なんだこの男は。少しイケメンだからと言って、ラインには全然勝てないんだからな!
「よおー。お前がジュノーか? オイラの爺さんが世話になったらしいな。また蘇ってモンスターの力になってくれるのは嬉しいぞ」
「来たわね。ニクス。丁度いいわぁ。あそこにいる赤い髪の女騎士がいるでしょ。彼女がロザリー。私達の天敵よぉ。彼女をやっつけちゃって」
「えー。マジかよ。女の子と戦うの? オイラ、父さんから女の子には優しくしろって言われてんだけど」
何なんだこの男は……ニクスとか言ったな。ジュノーに付き従っているってことは、こいつもモンスターなのか?
「まあ、仕方ないか。ロザリー。オイラの奴隷になるっつーんだったら、見逃してやってもいいぞ。モンスターのために忠誠を誓え」
「誰がなるか!」
「そうかー……オイラの提案は魅力的だと思うけどな。オイラは水精ニクス。つまり、水の精霊だ。そこいらのモンスターとは格が違うぞ」
何、精霊級のモンスターだと……精霊はとても高位な存在。一般的なモンスターの実力と比べてみてもその差は歴然。大人と幼児くらいの差があるのだ。要はとても強い。
ニクスはトライデントを構える。無駄のない引き締まった筋肉がピクピクと動く。力を入れている証拠であろう。
「行くぞ!」
ニクスがそう合図すると、ニクスはこちらに向かって物凄い速度で突進してきた。筋肉をバネにしてとてつもない瞬発力を得たのであろう。
トライデントを構えたニクスはそれを私に突き立てようとする。私は、ラインから貰ってマン・ゴーシュでそれを防ごうとする。マン・ゴーシュとトライデントがぶつかる。しかし、トライデントを弾くまでには至らず、わずかに軌道を逸らしただけ。トライデントは勢いをつけたまま、私の頬の左肩を掠めた。
「く……」
左肩を負傷してしまった。使い物にならないというほどのことでもないが、先制攻撃を受けてしまったのはまずい。このままでは相手の流れになってしまう。
「ほー。そんな小さい短剣でオイラのトライデントの軌道をずらすとはやるじゃねえか。今のは心臓を狙っていたのにな。少しは楽しめそうだぞ」
確かに、トライデントの軌道は私の心臓を正確にとらえていた。もし、ラインから貰ったマン・ゴーシュがなければ私はここで息絶えていたであろう。ライン。ありがとう。キミから貰ったものが私の命を救ってくれた。
「今度は私からいくぞ」
私はレイピアでニクスを滅多刺しにしようとする。しかし、ニクスは私の動きを読んでいるのかそれらの攻撃を華麗に躱していく。
「そんな蠅が止まりそうなスピードでオイラを刺せると思うな!」
「ああ。大分遅いぞ。緩急をつけるためにわざと遅くしたんだからな!」
全てはこの一撃のために。相手に私の速度の限界を誤解させるために。相手の油断を誘う遅い突きから、全てを貫く高速の突き攻撃。ニクスはそれに対応しきれずに右肘を私に突かれてしまう。
血が噴き出す。青い色の血のそれは、ニクスが人間ではないことを示している。良かった。姿形が人間でもこの血の色なら容赦なく斬れる。
「て、てめえ! オイラの体に傷をつけたな! 許さんぞ!」
「これでお互い負傷した痛み分けだ。本当の勝負はこれからだ」
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