女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

124.雷鳴の剣士クローマル

公開日時: 2020年10月26日(月) 22:05
文字数:2,626

 その後も試合は続いた。何人もの剣士達が戦い、勝利し敗れていく。ある者は歓喜し、ある者は悔しさに涙をする。そんな戦いが何度も繰り広げられた。


「試合開始」


 試合開始の合図と共に、背の低い選手が巨漢の選手を一瞬でやっつけてしまった。何という早業だ。彼は相当な実力者なのだろう。


「しょ、勝者! クローマル選手」


 とんでもない剣士がいたものだ。彼とは当たりたくないな。


「次はロザリー選手とヤイチ選手。前へ」


 ロザリーの名前が呼ばれた。彼女のことだから大丈夫だと思うけれど、それでもやっぱり心配だ。きちんと応援しなければ。


「ロザリー。頑張ってね」


「ああ。私の勇姿をしっかり見てろよライン」


 ロザリーの相手はヤイチという伊達男だった。恐らくこの会場で最も派手な柄の着物を着こんでいる。顔つきも目鼻立ちが整っていて、中世的な美男と言った感じだ。


「キャー! ヤイチ様よー!」「格好いい! こっち向いてー!」「そんなどこの馬の骨かわからない女やっつけて!」


 随分と女性人気が高いようだ。観客の歓声に対して、笑顔で手を振り答えている。正に王子様と言った感じの人物であろう。


「やあ。キミが僕の相手かい? 随分と可憐なお嬢様だね。キミには剣よりも花の方が似合っているよ?」


 何だあの気障な男は。ロザリー! そんな奴やっつけて!


「口説いているつもりか? 私の剣は大切な人と共に育った掛け替えのないもの。それを侮辱するとは許せん」


「あらら。怒らせちゃったみたいだね。けれど、キミのような美しい女性に剣を握らせるなんて僕には信じられないな」


 ヤイチは無駄に長い前髪をかきあげた。鬱陶しい前髪だな。僕のクレイモアで切ってやろうか。


「では、試合開始」


 試合開始と同時にヤイチが刀を抜き去り、ロザリーに向かって斬りかかる。ロザリーはそれをマン・ゴーシュで防いだ。


「遅い剣筋だな。あくびが出る」


「な、何!」


 その刹那。ロザリーは目にも止まらぬ速さで剣を抜き、ヤイチの着物をビリビリに引き裂いていく。ヤイチは自分が何をされているのかすら理解出来てないようだ。そして、ロザリーがレイピアを納刀すると同時にヤイチの着物が爆発四散した。


 ふんどしだけの姿にされてしまった。殆ど生まれたままの姿にされてしまったヤイチを見た女性客達は悲鳴をあげる。男性客達はその情けない恰好に大笑いをするのであった。


「な、ぼ、僕の一張羅が」


「その格好でまだ続けるか? 私は構わないぞ」


「く……ひ、酷いよぉ! うえーん。ママー! 怖いお姉ちゃんが僕を虐めるよぉー」


 ヤイチはみっともない泣き声をあげて、舞台から逃げ出してしまった。当然彼は場外負けとなって、ロザリーの勝利だ。


「全く。上辺だけを取り繕った情けない男がいたものだ。やはり男は優しくて堂々としていて頼りになる存在がいいな」


 ロザリーが伏し目がちでチラリと僕の方を見る。その様子を見ていたルリに脇腹を小突かれる。


「もう、早く結婚しなよ。二人がくっついたらきっと可愛い子供が生まれるよ」


「う、うるさい。僕達には僕達のペースや考え方ってものがあるの!」


 その後も戦いは続いた。どんどんと敗退者が出ていき、今現在生き残っている参加者は残り九人となった。つまり次が最終試合だ。


「予選最後の試合はクローマル選手とライン選手。二人共前へ」


「僕の名前が呼ばれてしまったか」


 しかも、相手はクローマルだ。彼の実力は知っている。体格に勝る相手でも一瞬で倒す程強い。


「ライン。頑張れ! キミなら勝てる! 勝って一緒に本選へ行こう!」


 とりあえず、ロザリーが本選に出場できるということが決まり、僕は安心した。ただ、彼女に任せきりというのも良くない。僕も本選へと進み、少しでも彼女の負担を軽減してあげないと。


 僕の相手のクローマルはかなり小柄な人だった。紅獅子騎士団のアルノーも背が低いけれど、彼よりも更に背が低い。長い黒髪を後ろで束ねている。目つきはかなり悪く、あまり愛想の良さそうな人物ではなさそうだ。


「予選最後の相手が貴様か……ふん。女連れのチャラチャラした男が」


 クローマルは吐き捨てるようにそう言った。何だ。気に障ることでもしたのかな?


「剣筋を見ているだけでわかる。貴様はツレのロザリーより弱いだろ? 情けねえなあ。ツレの女よりよええ男ってのは。一生女の後ろに隠れてやがれ」


「なんかよくわからないけど喧嘩売ってます? 剣術で勝負つけて貰えますか?」


「ああ。そうだな。口先での戦いは何の意味もない。男は黙って実力勝負だな」


「それでは試合開始」


 審判の合図と共に僕はクレイモアを振るった。先手必勝。相手がどんな実力者でもそれを発揮する前に倒せばいいんだ。


 クローマルは刀で僕のクレイモアを受け止めた。刀越しに伝わるパワーを感じる。なんてパワーだ。とても小柄な彼から出せるものとは思えない。


 だけれどここで押し負けるわけにはいかない。僕も力を入れる。鍔迫り合いを制したのは僕だった。クローマルの刀を弾き、僕のクレイモアの一撃が彼の袴に命中する。


 袴を傷つけられたクローマルは予想外と言った感じの顔をするのであった。


「なるほど。ただ女の影に隠れているやつじゃねえってことか。それなりに実力はあると……」


「僕だって騎士だ。ロザリーの影に隠れているだけじゃない!」


 僕はクレイモアを振るった。力では僕が勝っている。ならここは押すべきだ。そう思った僕の体に電流が走った。比喩的な表現ではない。文字通り、物理的に僕の体が痺れた。


 な、何だ……何が起こったんだ。クローマルの刀を見ると刃から青白い発光体が見えた。まさか、刀から電撃が出せるのか。そんなことあっていいのか?


「この妖刀十ノ神トオノカミは、ある刀鍛冶の生涯最高傑作の刀でな。その刀鍛冶はこの刀を完成させた日に雷に打たれて死んだ。その刀鍛冶の無念の魂が宿り、雷を発現させるようになったんだ」


 そんなことがありえるのか……


「西洋の死者は肉体が不死者となって蘇生すると言われている。東洋では肉体は朽ちても死者の霊魂は残り、物に宿るとされている。だから、極稀に不思議な力を持つ道具が生まれるんだ。その道具を扱う妖術使いがいるって噂だけれど、私もこの目で見たのは初めてだね」


 ルリが解説をしてくれた。お陰で理屈では理解出来たけれど、それが僕の相手だなんて理不尽すぎる。


「これで終わりだ!」


 クローマルは刀の峰を僕の腹部に思いきり打ち付けた。そこで僕の意識が途切れる。ああ、僕は負けてしまったのか……こんな強い相手がいるだなんて世界は広いな。

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