僕の目前にバリケードが広がっていた。バリケードは堅い木のブロックで出来ていて壊すのは容易ではない。バリケードと言っても上方向までキッチリ詰められているわけではなく、人が通れるくらいの隙間が空いている。よじ登ることが出来ればその隙間から中に入れそうだ。
しかし、行きはよくても帰りが困る。少年にこのバリケードが登れるとは思えないし、僕が担いで登ろうとしても僕の体力の方が持たない。ここは一つずつバリケードをどかしていくしかないな。
バリケードに使われているブロックはかなりの重量が合って成人男性の僕が本気の力を出してやっと動かせるものだった。このブロックを一つずつ片付けて行こう。
作業はかなり難航した。僕も兵士の端くれだから体力にはそれなりに自信があったが、それでも辛い。バリケードの数が多い。こんなに厳重にする必要はあるのだろうか。
汗をかき、息も荒げて、やっとのことでバリケードをどかして人が通れるくらいの隙間を作り出した。僕はそのままバリケードの隙間を通り、少年の元へと向かった。
少年は仰向けに寝転がっていて息を荒げている。顔がかなり赤い。熱がありそうだ。見た所体に外傷はない。衣服も乱れていないようだし、ハーピィに何かされる前のようだ。良かった。間に合った。少年の身に何かあったら彼のご両親に申し訳が立たない。
「キミ。大丈夫か? 僕は衛生兵のライン。僕が来たからにはもう安心だ」
僕は急いで少年の元へと駆け寄った。少年の額に手を当てる。微熱はあるようだが、そこまで高熱ではない。今すぐどうこうしなきゃいけないほど深刻なものではないだろう。
「大丈夫か? キミの状態を教えてくれ。吐き気があったり、体がだるかったりしないか?」
「えっと……吐き気はないです……けど、体全体が重い……動けないです」
「そうか。他に体の不調はあるか?」
「胸がドキドキして心臓が締め付けられそうです」
僕は少年の胸に手を当てて心臓の鼓動を確かめてみる。確かに心臓の鼓動が一般的な少年のそれよりも速かった。まるで走った後のような心臓の鼓動で一種の興奮状態にあると言えるだろう。
「鎮静剤を飲ませよう……飲めるかい?」
僕は錠剤と飲み水として水筒を渡した。少年は錠剤を口に含んだ後に水筒の水を飲んだ。
「ハァ……ハァ……」
少年の呼吸が辛そうだ。鎮静剤が効くまでまだしばらく時間がかかる。それまで動かさない方がいいだろう。
「あ、あの……僕助かるんですよね……」
少年が不安そうな声でそう尋ねる。震える手で僕の手をそっと握っている。少年はずっと監禁状態で不安に感じていたに違いない。
「大丈夫だ。すぐにお父さんやお母さんに会えるさ。それまでは僕がキミを守る」
僕は少年の手を握り返した。そうすると少年は少し安心したのか脱力した表情で目を閉じた。
「す、すみません。何だか眠くなってきて……」
「鎮静剤が効いてきている証拠さ。大丈夫。キミは少し眠っていい。監禁生活で疲れちゃっただろ?」
少年の呼吸音が浅くなる。先程は息切れ状態であったが、今度は穏やかな呼吸だ。熱も引いてきて心臓の音も正常の範囲内に収まっている。そろそろ大丈夫だろう。
「よし、いくぞ」
僕は少年を背負って洞窟の出口を目指した。少年の体重が僕に重くのしかかる。眠っている人間はかなり重いものだ。比較的軽い体重の少年であっても石のように重い。
僕は少年を落とさないように慎重に前へ進む。さあ、あの谷まで行ってロザリー達と合流をしよう。
◇
「待てごらぁ!」
厚化粧のハーピィが飛んでもない速さで私達を追いかけて来る。ダメだ。動く標的にはとてもじゃないけどマスケット銃の弾丸を当てることは出来ない。
「ロザリー団長! このままでは追いつかれてしまいます!」
私と並走しているアルノーが不安げな表情で私を見つめる。
「えーい。くらえー」
クールで大人しそうなハーピィが気の抜けた声と共に自身の羽を飛ばして来た。羽が私の肩に突き刺さった。
「く……」
ハーピィの羽は刃のように鋭いと聞いたことがある。実質刃を投げつけられたも同義だ。私は肩を抑えながらも走り続ける。
「ロザリー団長! 大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だ。少し掠っただけだ。この程度、怪我の内にも入らない」
私は強がりを言った。本当は痛い。今すぐラインに手当をして欲しいくらいだ。しかし団長である私が泣き言を言うわけにはいかない。
ハーピィに攻撃されて痛かった。痛いの痛いの飛んでけーしてとか言って甘えるのは後だ。今は囮の役割を果たすしかない。
「アルノー。ペース上げられるか?」
「はい。俺は大丈夫です」
「よし、なら少し上げるぞ」
このまま奴らを谷に誘い込む。そして待機している蒼天銃士隊に奴らを撃ち落として貰わなければならない。こんなところで追いつかれてやられるわけにはいかないのだ。
私は力を振り絞り、ただひたすらに走り続けた。
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