私の姿形を真似たスライムは、疑似レイピアで私のことを突き刺そうとしてきた。私はそれを寸前のところで躱した。とても速い動きだ。一瞬反応が遅れたら串刺しにされていたであろう。
この剣の筋は何度も見たことがある。私自身の剣だ。このスライムは姿形だけでなく、私の技術まで真似ているというのか……
私はこのスライムに恐怖した。私の十数年間の修行の成果をコピーしてきたのだから。これはかなり厄介な相手だ。
しかし怯むわけにはいかない。私には守らなければならない団員達がいる。ここで私が負けたら、団員達はこのスライムに成す術もなくやられてしまうであろう。なんたって、紅獅子騎士団最強の私の能力をコピーしているのだから。
私はまたスライムと剣を交える。固い何かがぶつかりあう音が聞こえる。今はとにかく剣を交えて相手の隙が生じるのを待つしかない。
三十秒ほど剣を交えた時であった。硬質化したスライムの剣がビクンと震えた。まずい! 何かが来る。私は直観した。そして一歩後方に引いた後に、剣から液体が噴き出して私の顔にかかった。
「く……あ、熱っ!」
私の肌を焼くような感触。これはスライムの溶解液なのだろう。後方に下がったお陰で少しかかった程度で済んで良かったが、もしこれが目に入っていたらと思うと恐ろしい。私はハンカチで溶液を拭きとり、再び剣を構えた。
相手はスライムだ。不意打ちで溶解液を飛ばすこともあるだろう。それを忘れていた。完全に私の油断が招いた結果だ。この痛みは受け入れよう。
溶解液が付着した傷は後でラインに治してもらうことにしよう。ついでに治してもらう時に甘えたい。溶解液痛かったよ……熱かったよ……って、いかん。今はそんな邪なことを考えている場合ではないな。
私はスライムの剣先から出て来る粘液にも気を付けながら、スライムと剣を交える。先程粘液を飛ばしてエネルギーを使ったからだろうか、スライムの動きに若干鈍くなっているのがわかる。
スライムは私の攻勢に押されているのか少しずつ後ずさりしていく。どうやら分は私にあるようだ。
私はこのチャンスを生かすために一歩踏み込み、更に戦況を優位に立とうとさせた。しかし、その一歩がまずかった。湿地帯の泥に足を取られてしまい、足の踏ん張りが効かなくなった。今までスライムがいた地点は湿度が高くなっていて泥濘もその分だけ強いものになっていたのであろう。
やられた。これもスライムが計算してのことだったのか? スライムとの知恵比べに私が負けたというのか。泥濘に足を取られた私の喉元にスライムの疑似レイピアが突き刺さろうとする。
私は体勢を低くしてそれを躱してすぐに泥濘から足を引き抜き、元の体勢に戻ろうとする。油断大敵。このスライムはかなり強い個体だ。決して優位に立っているからと言って安心は出来ない。
スライムは段々と苛立ってきているようだ。本来なら私に止めを何度かさせている状況なのに未だに決定打を出せないでいる。
焦ったスライムが雑な一歩を踏み出して私の懐にレイピアを突き刺そうとする。しかし、その雑な動きは私程の騎士ならすぐに補足出来る。最小限の動きで躱して、生じた相手の隙をついて相手の核を突き刺した。
スライムは苦しみ悶えだした。核に攻撃は入りはしたがまだ浅い。もう一撃入れなければ破壊出来ないだろ。このスライムは核の硬さも他のスライムと一線を画しているであろう。
攻撃を受けたスライムは怒り狂ってかなり雑な剣捌きで私を責め立てる。私はその攻撃を一つ一つ軽くいなしながら、一歩前に出て距離を詰める。
相手の核と私との距離が縮まる。至近距離で突き攻撃を放つ。その一撃でスライムは断末魔の叫びをあげて下からドロドロと溶けていった。
勝った! いくら技術を真似ようとも私の精神までは真似ることは出来なかったようだ。騎士に必要なものは、力であり、技術であり、何より心である。戦いにおいての心構えがなっていないスライム如きが私に勝てるはずがないのだ。
「皆! ボススライムは倒した! 後は残党を狩るだけだ!」
私の号令と共に紅獅子騎士団のメンツが沸く。
「決して油断するなよ! 皆生きて帰ろう!」
私の父親はスライムに殺された。それはとても悲しい思い出として私の中に今でも残っている。もっと父親とお話したかったな。一緒に遊びたかったな。もっともっと甘えたかったな……
私はもう誰もスライムの犠牲になって欲しくない。その思いで今日は剣を握っている。残りは雑魚のスライムだけだ。頑張ろう!
◇
戦いは収束を迎えた。私を中心に結成された前衛部隊が敵のスライムを全て駆逐することに成功した。今回も紅獅子騎士団の大勝利であった。
戦いを終えた私。最初の橋でのスライムの液体を被って体がべとべとであるし、ボススライムの溶解液も顔に浴びてしまってとても不快な気持ちだ。早くラインの治療を受けたい。そして思いきり甘えたい。ラインこそが私の心の支え。彼がいなければ私の心はとっくに壊れていたであろう。
「ロザリー。勝利おめでとう。怪我はないかい?」
「ああ。怪我はないが、少し敵の溶解液に触れてしまったようだ。顔の頬の部分だが見てくれるか?」
「どれどれ」
ラインの顔が私の顔に近づく。私は近くで見るラインの顔にドキリとする。うぅ……恥ずかしい。
「この程度なら顔に跡が残らないね。今から処置するから待ってて」
私の顔に傷が残らないことを心配してくれるライン優しい。好き……
私はラインに優しく治療してもらい一先ず満足した。さて、今夜はどうやって甘えようかな。……そう思っていたら、犬の吠える声が聞こえた。
「クーちゃんどうしたのですか!?」
何やらまだ一波乱起きそうな雰囲気が漂ってきた。
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