僕とロザリーを含めた七人の班は森の中を進んでいく。ここまではまだ森の浅い所でモンスターも出現しないだろう。僕が子供の頃よく遊んだ森。あの頃と殆ど変わらないままだけど、どことなく狭く感じる。
「ロザリー。少し寄り道してもいい?」
「ん? 別に構わないが、どうかしたのか?」
「この近くに思い出の場所があってね。今どうなっているのか気になるんだ」
僕達は少し進路変更をして、エリーと共に身長を刻んだ大木がある所まで行った。木は相変わらずドンと構えていてとても風格がある。僕は大木に近づき、ナイフで刻まれた箇所を手で優しく撫でた。
今の僕の胸より少し低い位置まで刻まれた線。とても懐かしくて、目頭が熱くなる。何か胸の奥から込み上げてくるものがある。
僕はナイフを鞄から取り出して、今の自分の身長を大木に刻んだ。あの頃と比べてかなり大きくなったな。ふと、エリーの身長が刻まれた箇所を見ると、成人女性程の高さの位置に真新しい傷が出来ていた。
この傷は……まさか、ミネルヴァも僕と同じくこの大木に寄って身長を刻んだのか。ミネルヴァが近くにいるかもしれないという緊張感と、彼女が僕との思い出を覚えていてくれた嬉しさで複雑な思いだった。
「ロザリー。ありがとう。もう十分だ。僕のわがままを聞いてくれてありがとう」
「そうか。気が済んだようで良かった。では、任務に戻るぞ」
僕達は指定された進行ルート上に戻った。モンスターの気配を探りながら森を探索する。人の居住区付近のモンスターを討伐するのは騎士団の仕事だ。いずれ、このガスラド村近辺の森も騎士団の調査が入ることだっただろう。それが今回はミネルヴァが出現する可能性があるから早まったのだ。
「ロザリー。やっぱり、この森にミネルヴァは来ていると思う。あの大木は昔、僕とエリーが身長を測った場所なんだ。そこに真新しい傷が出来ていた。きっとミネルヴァが立ち寄って今の身長を刻み付けたんだと思う」
「なるほど……わざわざ、思い出の場所に来たということは、やはりキミはミネルヴァにとって特別な存在なのだろうな。なんだか妬けてしまうな」
「む、昔の話だよ!」
「ははは。冗談だ。でも、今夜の私はいつもより甘えん坊になるかもしれないぞ」
ロザリーは嫉妬すると余計に甘えん坊になるのか。何だか可愛らしいな。
僕が和んでいるとロザリーの顔が急に険しくなった。何かを察知したようだ。彼女の感覚は非常に優れていて、敵の気配や殺気を感じやすいのだ。
「皆! 上だ!」
ロザリーのその言葉に騎士団全員が上を見て構えた。木に登っていた人型の影が上空から降りてきて下にいる僕に鋭い何かを突き刺そうとしてきた。
「危ない!」
ロザリーは咄嗟に僕に体当たりをして突き飛ばした。間一髪のところで二人共攻撃を避けることが出来た。僕がいた地点にいたのは、人型のトカゲのモンスター、リザードマン。地面に突き刺さった剣を抜き舌なめずりをする。
そのリザードマンに釣られて上空から更に三匹のリザードマンが下りてきた。
「ぐ……」
二人の騎士がリザードマンの剣の餌食になってしまった。一人は左腕を、もう一人は右肩を刺されてしまった。
「おい大丈夫か!? ラインは負傷した騎士の手当てを、残った私達はこいつらを狩るぞ」
ロザリーの指示で負傷していない騎士は剣を抜きリザードマンと戦闘を開始する。僕は負傷した騎士二人の怪我の具合を見た。落下時の衝撃が加わった刺突で出来た傷はかなり深くて、すぐに手当てをしないと命に関わる。
「待っていてくれ。今すぐ止血する。大丈夫だ。必ず助ける」
僕は騎士達の傷口にガーゼを押さえつけて止血を試みる。ロザリー達は僕に気を遣ってくれたのか、リザードマン達を少し離れた位置に誘導して戦場を移してくれた。もし、この近辺で戦闘を始められたら治療どころではなかっただろう。
「すまないライン。油断した」
「気にしなくてもいいさ。この傷なら適切な治療をすれば命に関わることはない。ただ、しばらく戦闘は出来ないだろうけど」
もし、ロザリーが助けてくれなかったら僕も彼らと同じように串刺しになっていたかもしれない。そう思うとロザリーには感謝の念しかない。僕とロザリーの立ち位置が少しでも悪かったらと思うとぞっとする。
二人の応急処置は大体終わった。僕はロザリー達がどうなったのか気になり、彼女達が移動した先へと向かった。
騎士達がそれぞれ一対一の戦いをしていて、ロザリーを除いた騎士とリザードマンの戦闘力はほぼ互角だろう。
「私の仲間を斬りつけて、ただで済むと思うな!」
ロザリーは華麗な剣捌きでリザードマンの剣を弾いた。剣を失ったリザードマンは慌てて剣を拾いにいこうとするがその隙をロザリーが逃がすわけがなかった。一歩踏み込み、リザードマンとの距離を詰めて、背後より一突き。ロザリーに背を向けて無事でいられた者などいない。
「クソ! 撤退だ! このアマ、物凄く強いぜ」
仲間をやられて数的に不利になったことを悟ったリザードマンは素早い動きで木の上に登っていった。そしてジャンプで木々を伝いどこかへと去っていった。
リザードマン。かつて僕の村にその子供がやってきたことがあった。やはり、この近くはリザードマンの生息域なのだろう。
「負傷者が出た。任務続行不能と判断して、これよりガスラド村に帰還する。皆すまない。団長の私がいながら負傷者を出してしまって」
「ううん。ロザリーがいち早く気配に気づいてくれたから、この程度の被害で済んだんだ。だからロザリーが気負う必要はないさ。それとさっきは僕を助けてくれてありがとう」
「ありがとうライン……そう言ってもらえると少しは心が楽になる」
こうして、ロザリーの指示で僕達はガスラド村に帰還することになった。
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