女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

127.妖怪カマイタチ

公開日時: 2020年10月28日(水) 20:05
文字数:2,570

 誰よりも早く決勝進出を決めた俺は内心焦っていた。何せ、決勝戦をロザリーとクローマル。どちらか勝った方と相手をしなければならないからだ。


 何なんだあの人外達は。ロザリーとかいう女は単純に剣術の腕が人間のそれを遥かに超えている。クローマルは、クローマルで雷を発生させてくるし。くそ! あの二人さえいなければ俺の優勝は確実なものだったのに。


 このまま、こっそり逃げ出してしまおうか……俺はロザリーとクローマルが戦っている最中に、こっそり剣術大会会場を後にした。


 会場から離れればそこにはもう誰もいない。あんな人外じみた奴と戦うくらいなら逃げてやる。負けが決まっている戦いをするほど俺はバカじゃない。


「イタチ選手……」


 ふと、俺を呼ぶ声が聞こえた。何だ? 一体どこから声が聞こえるんだ? 辺りをキョロキョロと見回しても誰もいない。いるのは、木の枝にとまっている一匹の蝙蝠だけだ。


「こっちです」


 明らかに蝙蝠の方から声が聞こえてきた。まさか? この蝙蝠が俺に語り掛けてきているのか? そう思った瞬間、蝙蝠は人型へと変貌した。


 紫色の髪と赤い目が特徴的な黒装束を纏った人物。顔立ちから東洋の人間ではなく、西洋の人間のような感じがする。こいつは一体何者なのだろう。


「ふふふ……私はユピテルと申す者です。西洋の貴族。男爵を賜っています。どうかお見知りおきを」


「な、何なんだ! 西洋の貴族が俺に一体何の用だ!」


 この男からは危険な匂いがする。俺の勘が言っている。こいつと関わってはならないと……


「ふふ……貴方にロザリーに対抗出来るだけの力を授けようと言うのですよ」


「な、何だと……そんなこと信じられるか!」


 ただの人間に過ぎないこいつにそんなことが出来るわけない。力というのは当人の日々の鍛錬が実を結ぶものである。そんな一朝一夕で身に着くものではない。


 そんな風に反抗する俺であったが、ユピテル男爵は急に俺の首筋に噛みついてきた。


「痛っ! 何するんだ……あ、あれ?」


 体が脈動する。まるで熱病に冒されたみたいに汗が止まらない。何なんだこの感覚は……立っていることが出来ない……



「決勝戦! ロザリー選手とイタチ選手前へ」


 ロザリーは呼ばれて前に出たが、対戦相手のイタチは前に出てこないようだ。観客達がどよめく。


「あれ? イタチ選手? このまま来なければ失格となりますよ」


 決勝戦がまさかの不戦勝で終わってしまうパターンか? 観客達が野次を飛ばしている時だった。一陣の風が吹き、イタチがロザリーの目の前に現れたのだ。


「フッ……待たせたな……さあ。最後の勝負をしようじゃないか」


「あ、ああ……」


 何だ。あのイタチの余裕そうな表情は……それにどことなく雰囲気が変わった気がする。彼は頭巾なんて被っていたっけ?


「では始め!」


 審判の開始の合図と共に、イタチの姿が消えた。そして、風が吹き荒れてロザリーの着物を切りこみを入れていく。


「え? あ、ちょ、ちょっと!」


 着物が切り裂かれてロザリーは大慌てだ。このままではまずい。生まれたままの姿を晒してしまうことになるだろう。


 その様子を見ていた観客席からは「いいぞ! もっとやれ」だの「早く裸を見せろ」だの低俗な野次が飛んでくる。


「そこか!」


 ロザリーは着物がビリビリに引き裂かれる前に、レイピアを振るった。金属音と共に風が鳴りやんだ。ロザリーの攻撃が、イタチ選手が両手に持っている二刀の鎌に当たったのだ。


「チッ。観客にサービスしてやろうと思ったのに、余計なことしやがって」


「ふ、ふざけるな! 女の裸を公衆の面前に晒そうとするなんて、紳士にあるまじき行為! 恥を知れ!」


 はらりとイタチ選手の頭巾が取れた。そこにあったのは、動物の耳のようなものだった。何だあれは……


「おっと正体がバレちまったか?」


 イタチ選手は自身の獣耳を手で触り舌なめずりをした。


「あれは! 妖怪カマイタチだよ! 風を巻き起こし、それに乗じて人を斬る妖怪なんだ」


 ルリの発言に僕は驚いた。この大会には人間しか参加していないものだと思ったけれど、まさか妖怪が出ていたなんて。


「ロザリー! 気を付けて! 相手は妖怪だ」


「ふっ……ライン。誰に物言っている。私はこれまで数多くのモンスターを相手にしてきた。今更妖怪の一匹や二匹何だって言うんだ」


 ロザリーは目にも止まらぬ速さでレイピアを振るい、イタチに攻撃を仕掛ける。しかし、イタチは再び風を巻き起こして、姿を消した。


 しかし、目にも止まらぬ速さでロザリーはレイピアを振るった。すると、血飛沫が上がる。イタチの胸が斬られたのだ。


「やった! ロザリーの勝ちだよ」


「いや、まだ浅い。イタチの表情を見ればわかる。アイツはまだ戦うつもりだ」


 イタチは胸の傷をそっと撫でて血を拭い、それを舌でペロリと舐めた。その仕草がなんとも不気味で正に人ならざる者なのだろう。


「ふふふ……この痛み、貴様にそのまま返してやる!」


 イタチは二刀の鎌を投げた。それが風を巻き起こして、ロザリーに襲い掛かろうとする。


 しかし、ロザリーはその場から動かなかった。ただ、ひたすら何かを待っているかのように。そして、タイミングを見計らってレイピアを振るった。すると金属音と共に、二つの鎌が地面へと落下した。


「な……」


「さて、これで貴様の得物がなくなったわけだ」


「な、舐めるな!」


 イタチは鋭い爪をロザリーに向けて襲い掛かろうとする。完全に猫に追いつめられたネズミのようだ。窮鼠猫を噛むということはあるが果たして……


 結果は火を見るより明らかだった。イタチは体を貫かれて、その場に倒れた。勝者はロザリーだ。


「ゆ、優勝はロザリー選手!」


 審判の宣言と共に歓声が沸き上がった。優勝者を祝福する声。そして、一人の人物がロザリーに向かって近づいてきた。


「陛下!」

 

 ルリがその人物を見てそう言った。先程まで沸き上がっていた歓声も皇帝の登場で静まり厳かな雰囲気になる。


「ロザリー殿。私はこの国の皇帝だ。そなたの戦いは見事であった。国は違えど、私はそなたに敬意を表する」


「あ、ど、どうも……」


「さて、これが優勝賞品の水龍薬だ。大切に使ってくれたまえ」


 皇帝の手からロザリーに水龍薬が受け渡された。


 色々な苦労はあった。けれど、僕達は目的の水龍薬を手に入れることが出来た。さて、いつまでも東洋にいても仕方ないし、西洋に戻ろう。紅獅子騎士団の皆が僕達の帰りを待っている。

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