女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

88.慰め

公開日時: 2020年10月17日(土) 21:05
文字数:2,100

 僕は城門の前でロザリーを待っていた。外敵の侵入を阻むための城壁はいつ見ても立派だ。高く積み上げられた黄土色のそれを見ると不思議と心が躍ってしまう。


 僕は騎士になって初めてこの王城に訪れた日の時のことを思い出した。この立派に王城を守る城壁を見て、王国を守るために戦う自分と重ね合わせていたな。あの時の感動は今でも鮮明に覚えている。


 僕はもう騎士の称号を返上してしまったから騎士ではないけれど、ロザリーを始めとした騎士のサポートが出来るように頑張っているつもりだ。


 しばらく待っているとロザリーが城から出てきた。浮かない顔をしていたが、僕と視線が合うと急に顔が明るくなった。新しい玩具を買ってもらった子供のような笑顔を僕に向けて足早に駆けてきた。


「ライン。お待たせ。それじゃあ行こうか」


 周りには城の見張りをしている衛兵もいるため、彼らの目を気にしてロザリーは甘えてはこなかった。ロザリーの浮かない顔の様子じゃまた大臣に嫌味の一つでも言われたのであろう。可哀相に。後でいっぱい慰めてあげないと。


「ライン聞いてくれよ。ヒゲの奴がまた酷いんだよ」


 誰に聞かれているかもわからない道端でロザリーは大臣の愚痴をいい始めた。流石に大臣の名前を出すわけにはいかないからヒゲという渾名を付けてごまかしている。


「今日はあのヒゲに笑われたんだよ? 人の失態を笑うなんて酷いとは思わないか?」


「そうだね。ヒゲは最低だね。ロザリーをいじめるなんて許せない」


「わかってくれるかライン。大体にしてあのヒゲは何で女に厳しいんだよ。銃士隊のハゲに厳しく接しているところを見たことないぞ」


 何故か蒼天銃士隊のピエール隊長にまで悪口の飛び火がいった。彼は許してやって欲しい。彼は明るくていい奴だ。いいハゲなんだ。


「ハゲと言えば、あのヒゲも絶対将来ハゲそうだよな? そろそろ生え際が危なくなってくる年だろ」


「そうだね。あのヒゲがハゲたら面白いよね」


「そうだろ? 面白いだろ? そうするとますます女にモテなくなるだろうな。ただでさえ、女にモテなくて拗らせているような奴なのに」


 ロザリーのリュカ大臣に対する愚痴は留まることを知らなかった。僕はただ彼女の愚痴に相槌を打つ。その流れは騎士団の詰め所に戻るまで続いた。


 詰め所に戻って来たロザリーは完全に団長の顔に戻っていた。先程の大臣に嫌味を言われて落ち込んでいた表情とは大違いの凛々しい顔つきだった。


「皆、次の指示があるまで各自自由行動だ。休息を取るもよし、自主訓練するもよし。自分が最適だと思う行動を心がけてくれ」


 ロザリーのその言葉に騎士達は動き出した。詰め所にあるベッドで仮眠を取る物もいれば、訓練場に行って訓練をする者もいた。一方のロザリーはと言うといつものように誰もいない部屋に僕を連れ出した。


「ラインきゅん。慰めてぇ……」


「うん。よしよし。ロザリーは偉いね。大臣の嫌味言われても耐えたんだよね?」


 僕はいつものようにロザリーの頭を撫でる。目を細める彼女を見ると不思議と和やかな気持ちになれる。


「ぐすん……もう大臣本当に嫌いだよ。私が成功したら嫌な顔するし、失敗したら喜ぶし、感じ悪すぎるよ」


 ロザリーは目に涙を浮かべている。本当は泣きたい気持ちでいっぱいなのに、紅獅子騎士団の団長として涙を堪えているんだ。


「僕の前でだったらいくらでも泣いていいんだよ」


「ぐす……ふええ……ラインきゅん」


 ロザリーは嗚咽を漏らし始めた。今までも大臣に対する不満は堪っていたんだろうな。ロザリーは団長として皆を代表して上の人間とも接しなければならない。その計り知れない重圧もずっと一人で感じてたんだ。


「ロザリー。もういいんだよ。僕の前でだったらいくらでも愚痴を零しても」


「うん……ラインきゅん優しい……しゅきぃ……」


 ロザリーが僕の胸に顔を埋めて泣く。彼女の涙で僕の服が濡れるけど、不思議と嫌な気持ちにはならない。彼女の全てを受け入れたい。この涙も、負の感情も……


「ふう……思いきり泣いたからスッキリした。いつまでもクヨクヨしてられないな。私は紅獅子騎士団の団長なのだからな。いつか、実力であの大臣を黙らせてみせるさ」


 ロザリーが元気を取り戻したようで良かった。これからは定期的に大臣に対する愚痴を聞いてあげようと思ったのであった。



 エルマという小さな漁村があった。その漁村は小さいながらも漁業で栄えた村で、村の男達の大半が漁師として生計を立てている。


 そんな漁村に一匹の海のモンスターが迷い込んだ。上半身が美しい人間の女性で、下半身は魚のマーメイドというモンスターだ。


 マーメイドは美しい翡翠色をした長い髪の毛にヒトデ型の髪飾りを付けている。貝で作ったブラで自身の乳房を隠している。人間と同じく羞恥心というものがあるのだろうか。


 マーメイドは気を失った状態で砂浜に打ち上げられた。そこを村の男達に発見された。


「す、すんげえ可愛い女がいるだぁ……」


「あ、ああ。下半身は魚だけど、オラなら全然いけるべ」


 本来モンスターが出現したら王都の騎士団にまで報告しなければならない義務があるが、この男達は自身の欲望のためにこのマーメイドを隠匿いんとくすることにした。

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