陸に上がったサハギン達はこちらに向かって低い獣のような唸り声をあげて威嚇している。マーメイドのような知性はないのか、それとも体の構造上喋ることが出来ないのかどっちかわからないが、会話が通じる相手ではなさそうだ。
サハギン達は前列にいる女騎士達に狙いを定めて、口から勢いよく水を噴射させた。女騎士達は軽い悲鳴を上げて、鉄砲水に押されて後方へと吹き飛ばされた後に尻もちをついてしまった。その様子を見てサハギンはケラケラと笑った。かなり悪戯っ子の性格のようだ。
「隊列を変更して下さい。前方に大柄で重装武装している騎士を配置します。あの鉄砲水に当たったらかなり吹き飛ばされてしまいます。ならば、足腰が丈夫で重量があり踏ん張りが効く騎士を盾にします」
ジャンの指示の元、後方にいた重量級のパワータイプの騎士が前列に上がり、逆に軽量級の騎士は下がって隊列を前後させた。これで鉄砲水の対策は万全だ。
「キャロル。キミはさっき吹き飛ばされた女騎士達の様子を見て欲しい。僕は前線の騎士達が負傷した時に備える」
「はい。わかりました。気を付けてくださいねラインさん」
キャロルは後方に下がり、吹き飛ばされた女騎士達の診療に当たってくれた。人を吹き飛ばすほどの威力の鉄砲水だ。それが命中したということは相当なダメージを負っていることが予想される。
サハギンは再び口から鉄砲水を射出する。しかし、今度は大柄な騎士が盾で鉄砲水を防いだ。大柄な騎士達は「ふんぬ」という掛け声と共に足を踏ん張り、鉄砲水の威力に負けないようにしている。その甲斐あってか吹き飛ばされずに耐えることに成功した。
その後、射出の隙をついて、大柄な騎士を合間を縫って比較的小柄な騎士がサハギンに突撃する。鉄砲水を連発出来ないのかサハギンは慌てふためいている。
「でや!」
小柄な騎士代表のアルノーが一匹のサハギンを仕留めた。それを皮切りに他の騎士も次々にサハギン達を討伐していく。サハギンは劣勢を悟ったのか、海に潜り敗走した。
「まずい! ロザリーは海の中で一人でマーメイドと戦っている。その状況でサハギンが合流したら、ロザリーが多勢に無勢だ!」
そう思った僕は思わず海に飛び込もうとするが、何者かに後ろから肩を掴まれて阻まれた。振り返るとジャンが険しい表情でこちらを見ている。
「ライン。落ち着いて下さい。武器を持ってない貴方が飛び込んだところでロザリーの足手まといにしかなりません」
「そ、それはそうだけど……」
頭に血が上ってどうすればロザリーを助けられるか考えていなかった。確かにその状況で海に飛び込んでも逆に迷惑をかけるだけだ。ジャンの冷静な判断に助けられた。
「じゃあ、どうすればいいんだ」
「それは……これから考えます」
いくらジャンが優れた軍師とはいえ、そんなすぐに作戦を思いつくとは限らない。今はただ、ジャンの頭脳を信じるしかなかった。
◇
海中の中にいるマーメイド。相手は海のモンスターだ。海での戦闘では向こうの方に分があるだろう。しかし、私も今手にしている武器は海での戦いに特化した銛である。普段使い慣れたレイピアではないが、刺突で攻撃するという性質が近いこともあってか持っていると不思議と安心感がある。この得物なら勝てる。そう確信していた。
マーメイドは自身の尻尾を回転させてスクリューの原理でこちらに向かって突進を仕掛けてきた。私はそれを避けようとするが、水の抵抗によって体が思うように動かない。陸地での戦いとは違う戸惑いから、躱しきれずにマーメイドの突進をその身に受けてしまった。
マーメイドのショルダータックルを胸部に受けてしまった。私は思わず肺の中に残っていた空気を吐き出してしまった。ダメだ。息が苦しい。一度海面に顔を出して呼吸をしなければ。肺活量には自信があるが、空気そのものを出してしまった以上はその肺活量も意味がない。
私は急いで上昇しようとするが、マーメイドが私の足をがちりと掴んで下に引っ張ろうとする。私の行動を読まれていたか。これはまずいな。
しかし、この程度の力なら振りほどける。私は掴まれた足とは反対の足でマーメイドの手を思いきり蹴り飛ばした。すると、マーメイドは苦痛に顔をゆがめながら私から手を離した。やった。これで呼吸が出来る。そう思っていたが……
豪快な水飛沫が跳ねる音が聞こえて、上からサハギンの群れがやってきた。まずい。今すぐにでも呼吸がしたい状況なのに、上にサハギンがいるなら浮上することが出来ない。
私に気づいたサハギンは私の傍に近寄り、私の四肢を掴んだ。しまった。動きが拘束されてしまった。
意識が朦朧としてくる。このまま私は息が出来ずに死ぬのか。そう思った次の瞬間。二つの突風のような何かが私の体を押し上げて海面へと上昇させた。
海中から脱出した私は思いきり呼吸をすることが出来た。呼吸さえ出来れば、水中でさえなければこんなサハギンなど振りほどくことは容易。私はじたばたともがいてサハギンを陸上へと飛ばした。その後、サハギンはどうなったかは知らないが、紅獅子騎士団の皆に八つ裂きにされたことだろう。
私は打ち上げられた勢いそのままに銛を下に突き刺して海中にダイブした。私が落下する勢いが加算された銛での突き攻撃が海中のマーメイドの心臓を突き刺した。再生力に長けているマーメイドも心臓を潰されてしまってはもう蘇生出来ないであろう。私の勝ちだ。
私は陸上に上がって私を救ってくれた二人の部下にお礼を言うことにした。
「助かったぞ。ライン。アルノー」
ラインとアルノーの手にはレイピアが握られていた。この二人が持っている風を引き起こす剣技。それを海中の私に向かって放ったんだ。風で私の体を上昇させて海面より上に出すために。
「ロザリー団長。ご無事で何よりです」
「ロザリー。大丈夫? 怪我はない?」
ラインが私の心配をしてくれている。もうラインに心配されるだけで嬉しい。
「私の体は何ともない。ちょっとタックルを受けただけだ」
「それなら良かった。この作戦を考えたのはジャンだから、彼にもお礼を言ってね」
「そうか。ジャンありがとう。キミの知恵のお陰で助かった」
「いえいえ。私は軍師として当然の知恵を出したまでです」
この村に被害をもたらしたマーメイドは倒すことは出来た。しかし、それだけだ。亡くなってしまった人はもう帰って来ない。私は少し物悲しい気持ちになった。
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