実家でロザリーと一晩過ごした日の翌朝、一階に降りると既に両親は起きていた。ロザリーが僕の部屋に泊まったことに突っ込まれるかと思ったけど、特にそこは触れられることはなかった。
「ライン。今日でお前ともお別れか。何だかあっという間だったな」
父さんが少し物寂し気に言う。僕達は既にミネルヴァと接触するという目的は果たした。結果的にアルラウネの花弁を奪われて、逃げられてしまったけど、この村を守ることには成功した。それがせめてもの救いだった。
「ライン。またいつでも帰っておいでね」
母さんが眉を下げた切なそうな表情で僕を見た。僕はこれでも命を張った仕事をしている。またこの村に帰ってこれる保証はどこにもないのだ。
「じゃあ、父さん、母さん。そろそろ僕は行くよ」
「お父様、お母様。お世話になりました」
ロザリーは僕の両親に向かって礼をした。両親もそれにつられて礼をする。
「ロザリーさん。息子のことをよろしくお願いします」
「はい。わかりました」
そうして、僕とロザリーは家を出て一緒に騎士団の皆が泊まっている小屋に行った。何で僕とロザリーが一緒にいるんだという突っ込みをされたが、見回りをしていたロザリーと僕が偶然出会ったという体にして追及を逃れた。
「それじゃあ、皆忘れ物はないな。村長にご挨拶をしてからこの村を発つぞ」
ロザリーの指揮の元、紅獅子騎士団の面々は村長の家の前に整列して敬礼のポーズを取った。家の外に出ていた村長はその様子を見て微笑んでいた。
「紅獅子騎士団の皆様。この村を守ってくださり本当にありがとうございました。村の代表としてお礼を申し上げます」
深々と頭を下げる村長。それに対して僕は複雑な感情を抱いた。この村長を許すことは出来ないけど、ガスラド村を想っている気持ちは本物だ。正直そこは責める気にはなれない。
「では、私達はこれで」
紅獅子騎士団は一糸乱れぬ動きで村を出て王都への道を目指した。
◇
王都に辿り着いて紅獅子騎士団の皆は詰め所へと戻った。皆、険しい森を歩んだせいなのか疲れているようだ。
「さて、私はこれから上に事の顛末を報告してくる。皆それまで詰め所で待機するように」
そう言ったロザリーの顔は少し曇っていた。何やら浮かない様子だ。
「ロザリー。大丈夫かい?」
「ん? ああ。大丈夫だ……キミが心配することではない」
そうは言っても、ロザリーの微妙な表情の変化が気になる。衛生兵としては騎士達の不調の兆しを見逃すわけにはいかない。
「キミが話したくないなら構わないけど、僕に何でも相談してくれても構わない。皆の心身のケアをするのが僕の仕事だからね」
「キミは本当に仕事熱心だな……ここは人目に付く。どこか違う場所に移ろうか」
そう言うとロザリーは誰もいない部屋に僕を引っ張っていく。ロザリーと二人きりと言うことは大抵彼女は甘えたり、弱音を吐いたり、泣き言を言ったりする。今回も恐らくそれだろう。
「ねえラインきゅんどうしよう。今回の任務何一つ達成出来てないよぉ」
今回の任務と言えば、アルラウネの花弁をミネルヴァより先に回収。そして、ミネルヴァと接触したら彼女を倒すか捕まえるかだった。勿論、今回は接触した上でアルラウネの花弁は奪われたり、ミネルヴァも取り逃がしている。
「絶対上に文句言われるよぉ。特にリュカ大臣は私のことを毛嫌いしているし、絶対嫌味の一つや二つじゃ済まないよ」
リュカ大臣と言えば、非常に優秀な人物であるが男尊女卑の思想が強く、とにかく女騎士の存在を毛嫌いしている人物だ。一応、国益を考えて人事配置をしているので、優秀なロザリーに団長の座を与えている所は公正、公平が保たれているが、ロザリー曰く彼に会う度に睨まれるとのこと。
「今までだって成功報告した時には毎回舌打ちされていたのに、失敗報告なんてしたら何されるかわからないよぉ。酷いパワハラ上司だよ本当に」
「ごめんね。ロザリー。僕がアルラウネの花弁をミネルヴァに渡したばっかりに」
「ラインきゅんは悪くないよぉ。人命がかかっていたならしょうがないじゃない」
そうは言ってもやはり罪悪感はある。僕の選択次第ではロザリーに余計な心労をかけずに済んだのかもしれないのに。
「悪いのは全部リュカのヒゲ親父だよ。全く。あのヒゲ似合ってないよ。女子受け最悪だよ」
「そうだね。僕もあのヒゲはセンスないと思う。剃った方がいいよアレは」
「でしょー。ラインきゅんもそう思うよねー」
ヒゲのことは良く分からないけど、ロザリーを虐める奴は許さない。特に意味のない罵倒をしてやる。
「はあ……憂鬱だけど行くしかないか……愚痴を聞いてくれてありがとうねラインきゅん。少しは気が楽になったかも」
◇
私は王城にやって来た。城門の衛兵に入城許可証を見せて中に入れてもらう。お城の中は相変わらず豪華で煌びやかな装飾が施されている。文字通り、私達とは住む世界が違うんだろうな。真っ赤な絨毯を踏みしめながら、私は大臣の執務室を目指した。
大きな木製の扉をノックし、私は中に入った。「失礼します」と声を掛けるが大臣は私を一瞥していきなり舌打ちをかました。
「ロザリーか。ガスラド村の報告に来たのか?」
「はい。今回のガスラド村の任務ですが……その……私達も尽力をしましたが、ミネルヴァを捕らえることは出来ず、アルラウネの花弁も奴の手に渡ってしまいました」
「ほう」
私の報告を聞いた瞬間大臣の眉がぴくりと上がった。え? 何? 何で上機嫌な表情してんのこの人。
「はっはっは。優秀な紅獅子騎士団でもそのような失態を犯すことがあるのですな」
え? この人私達の失態を笑ってるの? 感じ悪い。最低。ヒゲもじゃ!
「おっと失敬。周りに持ち上げられている人気絶頂の女騎士殿の失態が面白くてつい笑ってしまったな」
もし許されるのであれば殴りたい。
「所詮、紅獅子騎士団は人気のあるロザリーを団長にして、民衆にアピールするためのお飾り部隊にしかすぎんのだ。任務成功に期待するだけ無駄無駄」
「私のことをいくらバカにしても構いませんが、紅獅子騎士団のことを悪く言わないで下さい! 彼らは本当に優秀なんです!」
「はっはっは、女騎士殿が怒られた怖い怖い」
やっぱり私はこいつが嫌いだ。
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