ロザリーが無事に帰ってきた。今回も死者がいないという素晴らしい戦歴だ。ロザリーはやっぱり凄い。
「ウェアウルフ達は当分集落を襲ってこないでしょう。しかし、油断は禁物です。念のため王都の自警団に依頼してしばらくの間この集落を守護してもらいましょう」
「そうですか。ありがとうございます」
ロザリーは首長に事の顛末を報告し、今後の対応を提案した後にジャンと何やら話を始めようとする。
「ジャン。今回はミネルヴァの反応はなかった。クランベリーが何の反応もしなかったからな。この事件にミネルヴァは関わってないらしい」
「そうですか。ただの野生モンスターの襲撃ですか。お疲れ様でした。ロザリー」
僕はロザリーを待ち構えていた。いつもの流れならロザリーは僕に甘えてくるはずだ。そこでロザリーを何とかして安心させてあげないと。それが僕の役割だ。
「アルノー。皆をきちんと護衛出来たか?」
「はい。しっかり敵を見張っておきました」
「そうか。偉いぞ。キミは立派な騎士になれるぞ」
ロザリーはアルノーの頭を撫でた。それに対してアルノーは気恥ずかしそうにする。
「やめてくださいロザリー団長! 俺はもう子供じゃないんですよ! 甘えるような年じゃないです」
「ははは。そうだったな。すまない」
ロザリーが僕の方に近づいてくる。彼女のいつもの少しミルクの匂いがする香水が僕の鼻孔を擽る。
「ライン。待機お疲れ様。何人かウェアウルフとの戦闘で怪我した者がいる。キャロルが一応、応急処置はしてくれたが、後で診てやってくれ」
「え? ああ、うん。わかった」
そう言うとロザリーは僕の前から去っていった。おかしい。いつものロザリーなら戦いの後は必ずと言っていいほど僕に甘えてくるのに……
僕に甘えてこないロザリーに違和感を覚える。そして同時に物悲しさも感じてしまうのだ。
ロザリーを甘やかすことが出来ない僕に価値なんてあるのだろうか。ロザリーのために働いている時間こそが僕にとっての一番の幸せだったのに。彼女に求められない僕は一体どうすればいいのだろうか。
僕はショックで頭が回らなかった。嫌なことばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡る。もうロザリーは僕に興味を無くしてしまったんじゃないか。ロザリーに嫌われてしまったのではないか。ロザリーはもう僕を必要としてくれないのではないか。
嫌だ。このままずっとロザリーが甘えてくれないのは辛い。もっと僕に甘えて欲しい。ロザリーを甘やかしたい。それこそが僕の存在意義なのに……
◇
念のため今日一晩は紅獅子騎士団が羊飼いの村に泊まることになった。僕は多数の男騎士達と同じテントの中に眠ることになった。ロザリーは別のテントで他の女騎士やキャロルと一緒に寝ているんだろうな……
「ライン。眠れないのですか?」
隣に寝ているジャンが僕に話しかけてくる。ジャンには僕の悩みを打ち明けようかな……でも、ロザリーが甘えん坊なことをバラすのも彼女に悪いしな……こんなこと相談出来ないな。
「ラインはきっと私には相談出来ないことを抱えているんでしょうね」
「ジャン……キミは本当に鋭いな」
僕はジャンの全てを見透かしているかのような言動に軽く恐怖を覚える。全く……聡明で賢すぎるというのも嫌なものだな。ジャンが敵でなくて本当に良かった。
「ライン。私に相談してくれなくてもいい。貴方は自分で解決できるような人なのですからね」
「それは買いかぶりすぎだよジャン。僕は悩みに押しつぶされてしまいそうだ」
ジャンが少し考えた後にこんな提案をしてくれた。
「少し夜風に当たってきたらどうです? 風が貴方の悩みを吹き飛ばしてくれるかもしれませんよ」
「そうだな……」
僕はジャンのその言葉が妙に引っかかった。確かに夜風に当たるのも悪くないかもしれないな。僕は周りで寝ている騎士達を起こさないように物音を立てずに静かにテントを出た。
テントを出ると外は真っ暗だった。月すら出ていない夜はこんなに暗いものなんだな。僕は松明の明かりを持って気晴らしに草原を歩こうとする。
キャンプ地から外れたところに明かりが見えた。明かりがあるということは人がいるってことかな。こんな時間に誰だろう。
僕は明かりに吸い寄せられるように近づいていく。明かりの先に見えたのは赤い髪の毛の彼女……ロザリーの姿だった。
「ライン! どうしてここに?」
ロザリーは僕の姿を見て驚いているようだ。この広い草原で二人きりになった僕とロザリー。草原に吹く冷たい風が僕達を包み込む。
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