「くくく……あはは! ついに! ついに誕生したわ! かつてこの国を恐怖のどん底に叩き落した最強の邪龍が!」
ミネルヴァはリンドブルムを抱きかかえて高笑いしている。邪龍は、まるで母親に抱かれているかのような安心した表情で眠っている。流石モンスターテイマー。もう邪龍を手懐けたというのか。
「リンドブルムちゃん。こんな辛気臭い洞窟にいないで、地上に出ましょうね~」
「ぐあ」
リンドブルムは小さく咆哮した。邪龍とは言え、まだ子供。その姿は愛らしいと言えば愛らしい。だが、その小さな身からは邪悪なオーラが確かに漏れ出ている。私はそれを肌で感じた。
「おらぁ! よそ見してんなよ!」
時間稼ぎが終了したニクスはこちらに対して攻撃を仕掛けて来る。私はそれをレイピアで弾く。中々力強い一撃だ。力がある私だから防げたものの、並大抵の騎士に防げる一撃ではない。
「ハアハア……中々やるなロザリー……そんな細いレイピアでオイラのトライデントを防ぐなんてな」
ニクスの息が上がってきている。防戦というのは攻勢に比べて神経を使うものだ。攻撃する時は一転に集中すればいいのに対して、防御する側はどの方向から攻撃が来るのかわからないから全方向に意識を集中させる必要がある。今まで防戦だったニクスは私に比べて体力と精神を消耗しているはずだ。
「食らえ!」
私はこの機会に乗じて攻撃をする。ニクスは集中力が切れたのか私のレイピアに対応しきれなかった。私のレイピアは正確にニクスの心臓を捉えている! 貰った! そう思ったその時だった。
私の足に鋭い痛みが走った。私は痛みに耐えかねて思わずレイピアを落としてしまった。後少し、本の数センチレイピアを前に押し出していれば勝てていた。その状況だった時の出来事だった。
リンドブルムが私の足に噛みついてきたのだ。全くの予想外の方向からの攻撃に私はつい怯んでしまった。
まずい。早くレイピアを拾わないと。ニクスは武器がない状態で勝てる相手ではない。そう思って私はレイピアを拾い上げようとする。
しかし、ニクスはその行動を読んでいたのか、私の手の甲にトライデントを突き刺して来た。レイピアを拾い上げる寸前の出来事だった。私はその痛みに対して苦痛の声を漏らす。
「き、貴様……」
私はニクスの方を睨みつけた。ニクスは私の表情を見て、勝ち誇ったかのように口角を上げる。
「ほら、早くレイピアを拾いなよ。騎士が剣を持たないのはおかしいだろ。まあ、拾えるものならね」
ニクスはグリグリと踏みにじるようにトライデントを押し付ける。痛い……物凄く痛い。泣け叫びたいほどにだ。だけれど、ここで苦痛の悲鳴はあげたくない。こんな奴に私の悲鳴を聞かせてなるものか!
「なんだその反抗的な目は! 大人しく苦痛で喚いていれば可愛げがあるというのに!」
「騎士に可愛げなど必要ない! 私は決して貴様に屈しないぞ!」
例えここでこの身が朽ち果てようとも、私は最期まで騎士でありたい。ライン……すまない。邪龍を復活させてしまった……そして、私はここで死ぬ……すまない。キミを置いて先に逝くことになって……
――諦めてはいけません。
私の背後から女性の声が聞こえてきた。
「だ、誰だ!?」
私は辺りを見回した。ここにいる女は私とミネルヴァだけだ。だけれど、この声はミネルヴァとは違う。一体何者の声なんだ?
「は? どうしたんだ? 急に乱心か?」
「ふふふ……死の恐怖で精神がやられたのね。女騎士らしい無様な死にざまだこと」
ニクスとミネルヴァにはこの声は聞こえてないようだ。何故、この声は私にだけ聞こえるのだ。
――私はティアマト……今貴女の脳内に直接語り掛けています。
ティアマト……邪龍リンドブルムを封印した巫女だ。自身の姿を龍に変えてティアマトと戦い、そして封印した。
――ティアマトの封印が解けたことで、私の力も同時に解放されました。けれど、私はティアマトの封印に力を使いすぎたので、奴と同じように転生は出来ません。
そうか。ティアマトとリンドブルムは同じく封印された存在。片方の封印が解ければ、もう片方の封印も解けるのが自然な流れだ。
――私はもう実体が持てません。だから、この力をもう振るうことは出来ない。なので、実体がある貴女に私の力の全てを託します……貴女は進化するのです。騎士から竜騎士に!
私が進化する……? 一体どういうことだ? そう思っていたら、洞窟内が眩い程の白い光に包まれた。
「な、何だ!?」
「何が起きているの?」
ニクスとミネルヴァは状況が飲み込めていないようだ。だが、私にはわかる。ティアマトの力が私に流れ込んできているのが分かった。足の傷と手の甲の傷が塞がっていく。竜騎士になって治癒能力が増したのだろうか。
傷が完全に塞がり、ニクスのトライデントを押し出した。
物凄い力が溢れて来るのを感じる。私の体の中に聖なる気が血液と共に流れている。そんな感覚だ。
「な、何だ! どうなっているんだ! その体は! 何故 手の傷が塞がっている!」
私は立ち上がり、ニクスの方を睨みつけた。よくも私の体に傷をつけてくれたな! その償いをこれからさせてやる!
「ちぃ……ミネルヴァ逃げろ。こいつはオイラが相手する」
「え?」
「いいから逃げろ。このままじゃ全員やられてしまうぞ!」
「わ、わかった」
ミネルヴァはリンドブルムを抱えて洞窟の出口へと向かっていった。逃がすか!
「通せねえっての!」
ニクスが口笛を吹くとトライデントの先から鉄砲水が射出される。その鉄砲水が私に命中して私は後方へと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされはしたが、私の体に殆どダメージはなかった。痛みもない。傷もない。私の体を吹き飛ばす程の威力の術を受けても、私はノーダメージだった。
しかし、時間は稼がれてしまった。遥か遠くで水に飛び込む音が聞こえた。ミネルヴァとリンドブルムが海に潜った音だろう。今からでは追いつけないか。
「アンタの身に何が起きたのかは知らない。十中八九アンタの実力はオイラを遥かに上回るものになっただろう。けれどオイラは負けるつもりはない!」
ニクスは雄たけびを上げて私に突っ込んできた。獲物が向こうから近づいてきてくれるのはありがたい。このまま斬らせてもらう。
「私は竜騎士ロザリー! ティアマトの力を引き継ぎ、最強の騎士となった! その力受けてみるがいい!」
私はレイピアを振るった。次の瞬間、ニクスは肉の塊へと姿を変えた。私とほぼ互角の実力を持っていたニクスだった。が、そのニクスも今の私にとっては敵ではなかった。それほどまでこの力は強大なものだ。
「さて、地上へ戻るか。リンドブルムは復活させてしまったが、ここに来た甲斐はあった。この力さえあれば、邪龍リンドブルムに対抗出来るはず!」
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