女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

132.旅立ちの前の不安

公開日時: 2020年10月30日(金) 20:05
文字数:2,401

 船旅の途中にユピテル男爵とニクスに襲われるという非常事態になったものの、僕達は何とか西洋まで辿り着くことが出来た。


 久々に踏む祖国の土。何だか感慨深いものがある。クローマルにとっては初めて訪れる西洋だ。きっと彼も何か不安なことを抱えていると思う。もし、その不安があるのなら解消してあげたい。


「クローマル。初めての西洋はどうだい?」


「別に。どうってことはないさ。どこにいようと俺は俺だ」


「そうか。それは頼もしいな」


 初めて海を渡った彼だがどうやら不安はなさそうだ。僕の出る幕はないかな。


「んー。久しぶりの祖国の風は気持ちいいな。なあ? そう思わないかライン?」


「そうだね。やっぱり祖国にいるのが一番落ち着くよ」


「早く騎士団の皆に会いたいな……」


 ロザリーは遠くを見つめてそう語った。その表情はどことなく寂し気だった。やっぱり、ロザリーは寂しがりやだ。僕が付いているから大丈夫だという驕りはなかったわけではないが、やはり皆の所にいるのが一番いいだろう。


「じゃあ、私は学術研究組織の方に戻るから。後はよろしくね。あーあ。しばらく休んでいたから研究課題溜まってそう……」


 ルリとはしばしの別れとなりそうだ。彼女は彼女でやるべきことがある。僕は僕達のやるべきことをするだけだ。



「皆! ただいま!」


 ロザリーは騎士団の詰め所の扉を勢いよく開けた。騎士団の皆の視線がロザリーに集まる。一瞬の静寂の後、歓喜の声が詰め所内に響き渡った。


「おおおおお!! ロザリー! おかえり!」


 ロザリーの自称親衛隊がロザリーに向かって駆けつけてきた。


「ははは。キミ達。私がいなくて寂しくなかったか?」


「寂しかったよおん!」


 久々のロザリーとの再会で泣き出す者もいた。全く、寂しがりやのロザリーですら泣き言は言わずに頑張っていたのに。少しは彼女を見習ったらどうだ。


「ライン兄さん! 無事でしたか!」


「ああ。この通り、生きて帰って来たよ」


 アルノーが犬のように僕の傍に近づいてきた。彼もこの留守の間頑張ってくれたんだろうな。


「ライン兄さん。そっちの小さい人は誰ですか?」


「あん? 誰が小さいって? お前だって俺とそんなに変わらねえじゃねえか! ぶっ殺すぞ」


 クローマルが早速アルノーに対して喧嘩を売っている。どうやら、クローマルはロザリー以外と仲良くする気はなさそうだ。


「目つきも悪いし、なんだか生意気そうですね」


「んだと!」


 一触即発の空気だ。


「二人共喧嘩はやめなよ」


「はい。ライン兄さん」


「チッ……」


「アルノー。この人はクローマル。東洋の剣士だ。紅獅子騎士団に入団を希望しているんだ」


「ええ? こんなに小さいのに?」


「てめえ、やっぱりぶっ殺す!」


 二人共剣を抜き、今すぐにでも決闘が始まりそうな雰囲気だ。


「やめろ! 団員同士で争うな!」


「はい! ロザリー姐さん」


「すみません。ロザリー団長」


 ロザリーの一言でこの場は収まった。流石はロザリーだ。


「ところでロザリー。きちんと目的のものは入手出来たのですか?」


 ジャンがロザリーに問いかける。至極当然の問いかけだ。僕達は水龍薬を手に入れるために頑張ってきたのだから。


「ああ。それならここにあるぞ」


「ほう。これが水龍薬ですか……私も東洋に行きたかったな……」


 ジャンが落ち込んでしまった。そういえば、ジャンは東洋に行きたがっていたな。


「ロザリー達が東洋に行っている間に、私はきちんと調べものをしておきました。その結果。邪龍が眠っているとされる海域を特定することに成功しました。今すぐにでも突入することが出来ます」


「おお、流石ジャンだ。仕事が早い。では、明日私がその海域に行ってみよう」


 ロザリーはやる気満々のようだ。


「ロザリー一人で行くのですか?」


「ああ。水龍薬は一つしかないし、私が行くしかないだろう。これは他の者には任せられない。何故なら、今度もニクスと激突する可能性があるからだ。私とほぼ互角の実力を持つ奴に立ち向かえるのは私しかいない」


 確かに理屈の上ではそうだろう。しかし……


「ロザリーにばかり負担はかけられない!」


「ライン……キミの気持ちは嬉しいけれど、これは団長の私が決めたことだ。この大役が務まるのは私しかいない」


 ロザリーの決心は堅いようだ。こうなってしまっては僕からは何も言えない。他に解決策があるわけでもないし。



 ロザリーは明日に備えて早めに帰ることになった。僕は彼女の帰り際に、今日の仕事が終わったらロザリーの家に来るように言われた。


 僕はロザリーの言いつけ通り、彼女の家に向かうことにした。ノックして扉が開くや否や、僕はロザリーに抱き寄せられて家の中に引きずり込まれた。


「ラインきゅん! えええん! ラインきゅん! 怖いよお! ロザリー一人で海に潜るんだよ……敵の数も未知数だし、ニクスも待ち構えているのがわかってるし」


 やっぱりか……ロザリーに呼び出された時からこういう予感がしていた。ロザリーは未知への恐怖に怯えている。これから初めて潜る海底……封印されている邪龍……自分とほぼ同等の実力を持つ精霊級モンスターのニクス。そのどれをとっても不安なんだろう。


「ねえ。ラインきゅん。ぎゅってして……そうしたらロザリー頑張れる気がするの……」


 僕はロザリーを抱きしめた。とても愛しい存在。それが一人で戦場へと向かうと言うのだ……


「ん……落ち着いてきた……ライン離しても大丈夫だぞ」


 ロザリーがいつもの調子に戻った。だけれど、僕はロザリーを抱きしめたままでいた。


「ライン? ど、どうしたんだ? もう大丈夫だって! あんまりキミと密着していたら甘え癖がついて取れなくなってしまう!」


「ごめんロザリー。今、キミを離したらキミがどっか行っちゃいそうな気がして……離したくないんだ」


 僕のその言葉にロザリーは目を瞑って力を抜く。完全に僕に身を委ねているようだ。


「大丈夫だよラインきゅん……今夜だけロザリーは何処にもいかない。ラインきゅんだけの物なんだから」

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