ユピテルを倒した僕とロザリーは彼の死体をそのまま放置して、屋敷の隅にある墓地へと向かった。そこにはジャンとアルノーが待っているはずだ。
墓地へと辿り着くと、既にジュノーの墓は掘り起こされていた。
「ライン。遅かったですね。貴方の出番はないようです。何故なら墓地には遺体が見つかりませんでしたからね」
墓地を見ると掘り起こされた墓の他には何もなく、遺体のようなものは見当たらなかった。
「それは確かなのか?」
僕がそう尋ねるとジャンは首を縦に振った。
「ええ。私とアルノーも立ち会ってましたから間違いありません」
「ジュノーの遺体がない。これは一大事ですね。すぐにユピテル男爵にご報告しないと」
執事は随分と慌てている様子だ。ん……? ユピテル男爵に報告? まずい。ユピテルは僕が既に殺してしまった。もし、彼の遺体が見つかれば大騒ぎになる。直前まで彼と会っていた僕とロザリーが男爵殺しを疑われてしまうだろう。
「私がどうかしたのかね?」
屋敷の方角から信じられない人物がやってきた。ありえない。だって、あいつは僕が殺したはずなのに。
「な……」
僕とロザリーは顔を見合わせて驚いた。この場に生きているはずのない人物がそこにいたからだ。
「ユピテル様。ジュノーの遺体が見つかりませんでした。恐らく、本当に復活してしまったかと」
「うむ……それは大変だな。まさか、ジュノーが数十年の時を経て復活するとは思わなかった」
ユピテルはこちらに向かって歩いていく。そして僕にすれ違い様に耳打ちをするのであった。
「私が何故生きているのか不思議かね? 私はヴァンパイアだ。殺したくらいでは死なんよ。何度でも蘇るのさ」
僕はユピテルを恐ろしく思った。こいつはこれからも男爵として人間社会に溶け込んでいくであろう。自身がヴァンパイアであることを隠して。
しかし、僕にはどうすることも出来なかった。僕が奴をヴァンパイアだと告発した所で何の証拠もないし、奴を殺すことも出来ない。
「紅獅子騎士団の皆様。用事は澄んだようですね。では、王都にお戻り頂けますかな? 私はこれから用事があるもので」
「はい。そうですね。では失礼致します」
ジャンがそう言うと僕達はそのままユピテルの屋敷を後にした。この状況はジャンに相談するしかない。
僕は帰り道で馬を走らせている時にジャンに語り掛けた。
「なあジャン。ユピテル男爵の正体なんだけど……奴はヴァンパイアだ。人間じゃない」
「何だって!? それは本当ですか? ライン」
「ああ。間違いないぞジャン。私もこの目で見たからな。奴は噛んだ人をモンスター化させる能力を持ってる。野放しにすることは出来ない」
「それが分かっていてどうして何もしないんですか?」
ジャンの反応は当然のものだろう。民に危害を加えかねない存在を排除しなくて何が騎士だという話だ。
「したさ……僕がロザリーのレイピアを借りて奴の喉元に一突きを食らわせてやった。それで殺したと思ったが、奴は生きていた」
「え? ライン。貴方剣を握られるようになったんですか? 待ってください。情報量が多すぎて理解が追い付きません」
「その辺りはまたじっくり話すよ。ただ、今わかっていることは奴は喉元にレイピアを突き刺した程度じゃ死なないってことだ」
正確には一度死んだのだろう。だからこそロザリーのモンスター化は止まった。だが奴は死んだとしても復活出来る能力を持っているということだ。それが厄介だ。
「なるほど……今度時間がある時にヴァンパイアに関する文献を調べてみます。何かわかるかもしれません」
「流石ジャン。頼りになる」
僕達は王都に戻り、ジュノーの遺体がなくなっていることを報告した。城内はざわめいた。やはりあの書簡は真実なのだろうと。
◇
私はユピテルに呼び出された。何でも私にプレゼントがあるらしいとのことだ。私はローブで姿を隠してユピテルの屋敷に入った。執事の青年にユピテルの元へと案内される。執事の青年はユピテルがヴァンパイアであることは知らないし、私ミネルヴァと繋がっていることも知らない。完全に善良な一市民である。
執事の青年が席を外したのを確認すると、ユピテルは人一人が入りそうなほどの大きな麻袋を私に見せつけた。
「ミネルヴァ。よく来てくれた。キミに渡したいものがある」
「それは何?」
ユピテルが麻袋を開ける。中にいたのは、ハーピィだった。私はハーピィの有精卵を取り損ねたのを知っていて用意してくれたらしい。
「そのハーピィは私の能力で作り出した養殖産だ。キミの言うことなら何でも聞くだろう。そのくらい従順だ。有精卵をよこせと言えば何の躊躇いもなくキミに差し出すだろう」
私はモンスターテイマーであるから、天然のモンスターでも心を通わせることは出来る。が、それは何でも従順に命令出来るというものではない。モンスターにだって感情はあるし、それを下手に逆らったりしたら心を通わせるどころではない。
しかし、ユピテルの言う養殖モンスターはユピテルの眷属となり彼に忠誠を誓う。これは決して覆ることがない真実だ。そのユピテルが、ミネルヴァの言うことを聞けと命令すれば、死ぬまで私の命令を聞き続けるだけの機械になるだろう。
なんという悪趣味な能力。私はモンスターに従順さを求めてはいない。モンスターは大事なパートナーだ。大切に扱ってあげなければならない存在。
「あ、あの……ミネルヴァ様……私は何をすればいいのでしょう」
「そうね……まずは対等な友人になりましょうか」
「友人……? 対等な友人って何ですか?」
そこからか……これは時間がかかりそうね。多種族を襲って有精卵を作って来いって命令すればすぐに目的達成出来るけどどうするべきか……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!