女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

60.ハーピィと蒼天銃士隊

公開日時: 2020年10月11日(日) 23:05
文字数:1,879

 王国の軍部に書簡が届いた。タクル高山にてハーピィが出没したとの情報だ。ハーピィは付近の村に住む少年を連れ去り巣に持ち帰ったとされる。繁殖期のハーピィは人間の男性を攫って無理矢理繁殖の相手にすると聞いたことがある。


 僕はモンスターの生態に詳しくないからわからないが、もし今がハーピィの繁殖期ならその少年の安否が心配だ。ハーピィの交尾は三日三晩行われる。ハーピィはその交尾で失った体力を回復させるために交尾相手を食すとも言われている。尤もそれは民間の伝承の域を出ないのだが。


 ハーピィの生態は未だに謎に包まれている。希少な種のモンスターであるから研究があまり進んでいないのだ。遭遇するだけでも珍しい個体。それがハーピィだ。


 その珍しいハーピィが出没したということは、恐らくミネルヴァがこの一件に絡んでいるとみていいだろう。ロザリーの話によれば彼女もハーピィを操っている。ハーピィほど希少な種がそう何匹もいるとは思えない。ミネルヴァが操っているハーピィと同一個体である説は高い。


 ハーピィは空を飛んでいるモンスターだ。レイピアによる攻撃を主体とする紅獅子騎士団では荷が重い相手だ。そうなってくると王国が誇る蒼天銃士隊の出番だ。


 陛下より賜ったマスケット銃を手に取り、銃を放つ部隊。かつて僕もその部隊にいたことがある。ロザリーが騎士団を結成しなければ今頃僕もまだあの部隊にいただろうな。


 紅獅子騎士団から数名、蒼天銃士隊の手伝いをしに行くことになった。なんでも部隊の人数に対してマスケット銃が少量余っているらしい。その銃を無駄にしないための措置というわけだ。


「それでは蒼天銃士隊に派遣するメンバーを発表します」


 ジャンが個人の能力、事情を考慮してメンバーを選定してくれた。


「まずはロザリー。貴女はあちらの隊長との調整役として必要です」


「わかった」


 ロザリーが気合を入れるためか剣を構える。今回は銃での戦いだから剣はいらないんだけどね。


「続いて、アルノー。貴方はとても器用で正確性がとても高い。集中力も高いし、銃士としても素質を感じます」


「はい。ジャンさん! ありがとうございます」


 アルノーは蒼天銃士隊のエミールの息子だ。遺伝子的には彼の息子だけあって銃士の素質は十分だろう。


「そして、最後。ライン。貴方に決めます」


 ジャンが僕の肩をポンと叩いた。え? 蒼天銃士隊にも衛生兵はいるから、僕の出番はないはず。なのになんで?


「お、おい! ジャン……僕が戦えないのを知っていて……」


 僕はジャンに耳打ちをした。僕はとあるトラウマで剣を握って戦えなくなっているのだ。その事情を知っているのはジャンしかいない。ロザリーにも秘密にしていることだ。彼女には僕は衛生兵になるのだから剣を握らないとだけしか言っていない。余計な心配をかけたくないからだ。


「貴方が握れないのは剣だけでしょう? 銃は扱っても問題ないはずです」


「しかし……」


「貴方はダーツの成績がとてもいい。投擲とうてきの腕ならロザリーすら凌ぐほどでしょう。貴方が一番適任なのですよ」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。射撃の正確性なら僕は銃士隊並の実力はありそうだ。でも、僕が戦う……敵の命を奪う……本当に出来るのだろうか。


「はあ……わかったよジャン。久々に蒼天銃士隊の皆にも会いたいからね。行くよ。行くしかないんだろ?」


 僕は覚悟を決めた。僕が再び戦場に出て敵の命を奪うかもしれない。そう考えると身震いがする。


「どうした? ライン。怖いのか? だったら、私を頼ってくれてもいいんだぞ。難だったら甘えてもいいぞ」


 ロザリーが冗談半分で僕を揶揄ってくる。今の僕には彼女のその言葉に寄りかかりたかった。でも、それはすることが出来ない。ロザリーは既に団員皆から頼られている存在だ。僕までが彼女に頼ったら彼女はいつか折れてしまう。僕はロザリーに頼られる存在でなければならないのだ。


「心配しなくても大丈夫さ」


「蒼天銃士隊ってことは、父さんがいるってことですよね! 久しぶりに父さんに会えるんだ。楽しみだな!」


 アルノーがはしゃいでいる。今、アルノーは親元を離れて一人暮らしをしている。そのため、父親とは長いこと会ってないらしいのだ。紅獅子騎士団も蒼天銃士隊も勤務地は近い場所にあるのだから一緒に住めばいいのにと思ったが、アルノーの父エミールがアルノーに社会勉強させるために、あえて一人暮らしさせているらしいのだ。


「ライン、アルノー! すぐに出発するぞ。少年が連れ去られて既に時間が経過している。急いで蒼天銃士隊と合流してハーピィを倒すぞ」


 僕達は準備をしてからタクル高山へと向かった。

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