久しぶりの実家に僕は心を落ち着かせていた。入る前は緊張していたが、何のことはない。ここは僕が住んでいた家だ。十分寛げる空間なのだ。
リビングにある椅子に腰かける僕とロザリー。テーブルの上に置かれた紅茶をロザリーがじっと見つめている。
「ロザリーさんは飲まないのかい?」
父さんがロザリーに訊くとロザリーは少し照れたような笑みを浮かべる。
「すみません。私は猫舌なもので、冷めるのを待っているのです」
「そうですか。中々可愛らしい一面をお持ちで」
可愛いと言われてロザリーは少し表情が緩んでいる。普段のロザリーのイメージは格好いいだの凛々しいだの美しいだのと評されているから、可愛いと言われるのは慣れていないのだ。
「ライン。王都は大変らしいな。ミネルヴァという指名手配犯が王国を狙っているって聞いたぞ」
ミネルヴァの正体は昔この村にいたエリーという少女だ。しかし、そのことをこの村の人達は知らない。父さんと母さんには教えるべきだろうか。
「村長はミネルヴァがモンスターテイマーだと知った日からは大しゃはぎをしていたさ。やはりモンスターテイマーにはロクなやつがいない。エリーを迫害して正解だった。ってね」
なんという奴だ。エリーを迫害したからミネルヴァが生まれたというのに、当人にはその自覚がないのか。僕は村長に対して憤りを覚えた。
「だから、ライン。村長には出来るだけ近づくな。お前が嫌な思いをするだけだ」
「わかったよ父さん……」
その後、父さんとの会話でこの村ではエリーは野垂れ死んだことになっていると聞いた。子供が村を追い出されて一人で生きていけるわけがないからそう思うのは当然だろう。だが、エリーは生きていた。生き延びて復讐の道を進んでいるのだ。
「ライン……この村でこんなことを言うのも難だけど、父さんはお前を誇りに思う。エリーを守ろうとしたお前は立派だった。ただ、この村は……いや世界はモンスターテイマーを恐れているんだ。過去現れた災厄の魔女ジュノーのせいで」
「災厄の魔女ジュノー……名前だけは聞いたことがあるけど……」
「まあ、今のお前たちの世代では知らないのも無理はない。ジュノーは俺の父さん。お前にとっての爺さんが子供の頃に現れた魔女だからな。若い世代にはその恐怖が伝わらない。逆に村長世代にとっては正に恐怖の象徴なのだから」
父さんは災厄の魔女ジュノーのことについて話してくれるそうだ。僕と同世代のロザリーもジュノーのことはよく知らないらしく興味深く聞こうとしていた。
◇
ジュノーがどこから生まれたのかそれは誰にもわからない。彼女の素性は一切不明。本名すら明かされていないのだ。その出自は一切記録されていないのだが、一説によると流れ星が降り注ぐ夜に生まれたとされている。
ジュノーは王都にある娼館に勤めていた。その娼館は所謂グレーな娼館で素性の知らない女でも受け入れるような所だった。だから、その娼館のオーナーもジュノーの本名は知らない。ジュノーという名前はそこで付けられた源氏名だ。彼女はその名前を一生涯名乗り続けた。
ジュノーと交わった者は皆彼女の虜になった。ジュノーの体を味わった者は他の女では満足出来なくなり、破産するまで彼女に通い詰めた者もいるくらいだ。その中には王国の重鎮も存在していた。
なぜジュノーがこのようなことが出来たのかと言うとジュノーは寄生虫のモンスター【パラサイト】を客の脳内に埋め込んでいたのだ。ジュノーはパラサイトに命令をして、客の脳内を自分の都合のいいように作り替えたのだ。
脳を弄られた者はジュノーに依存し心酔する。そうして虜にした男達から金品を巻き上げて、王国の情報を知っている者からは情報を吐き出させる。こうして、王国を攻め入る準備を確実に積み上げていったのだ。
その後、ジュノーは潤沢な資金と自身のモンスターテイマーとしての力を使い、最強のモンスター軍団を作り、王国を落そうとした。ジュノーは王国の兵力がどれだけのもので、王都の警備が脆い場所とかも全て知っていた。王国は最早ジュノーに対して成す術もなかった。王都は完全に焼き払われて、モンスターは城まで侵入し、陛下も殺されてしまった。辛うじて、第一王子だけが逃げおおせたが、王国はジュノーに支配されてしまったのだ。
時の第一王子は王国をジュノーから奪還しようと残った兵をかき集めた。しかし、王都全体に蔓延るモンスターに対抗するほどの戦力は集まらなかった。
丁度その頃、東洋帰りの軍師がやってきて第一王子と合流をした。軍師は残った兵を使い奇抜な作戦でジュノーの裏をかき、モンスター達を蹴散らし王国を奪還することに成功した。
敗北したジュノーは火刑に処された。その時、処刑人が彼女にどうして王国を攻め入ったのか問いただした。彼女の返答はこうだった。
「それは私がモンスターテイマーだからだ。私はモンスター側だ。人間側ではない。モンスターの繁栄のためには人間を討ち滅ぼし、その領土を奪う必要があった。それだけのことだ」
それ以来モンスターテイマーは忌み嫌われるようになった。特にジュノーの侵攻を受けた世代にはその恐怖はまだ残っているだろう。村長はエリーを見てジュノーの再来を恐れたのだろう。村長はジュノーの襲撃を受けた王都の惨状を知っている世代だからな。
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