「はあ……」
ロザリーは溜息をついている。何やら嫌なことでもあったのだろうか。
「どうしたの? ロザリー」
「ライン……またリュカ大臣に嫌味を言われた。邪龍の封印を阻止出来なかったことをグチグチと責め立てるんだ」
「それは可哀相に……ロザリーで無理ならば他の騎士に出来るはずがないのに」
王国最強戦力のロザリーで無理ならば、他の誰が邪龍の復活を阻止出来ただろうか。これは避けられようのない事態だったのだ。それよりも、ロザリーが更に力を得たことを喜ぶべきではないのだろうか。
「ふぇええ……ラインきゅん慰めてよぉ……」
ロザリーが僕に抱き着こうとする。その時だった。
「ロザリー! ライン! ここにいたのですか!」
ジャンがこちらに凄い形相でやって来た。ロザリーは慌てて僕と距離を取った。
「どうしたのジャン。そんなに血相抱えて」
「ライン大変なのです! 王都の中心部にモンスターが大量に出現しました。それに中央区の住民もごっそりと姿を消しています」
「何だって!」
考えられる要因は一つしかない。王都は高い壁に囲まれている場所だ。外側からモンスターに攻め込まれて、中心まで侵攻されたならわかる。だが、今回はその段階を吹っ飛ばして、内側からまるで蛆のように自然発生している。こんなことが出来るのは一人しかいない。
「ユピテル男爵か!」
「そのようですね。奴が王都の中心に潜入して、住民達をモンスターに変えた。王都の中心から攻め入る作戦のつもりです」
何て恐ろしいことを考えるんだ。これは本当に王国に対するテロ行為だ。冗談では済まされない。王国の住民をモンスターに変えて襲わせる。奴は越えてはならない一線を越えてしまったのだ。
「く……中央区の皆すまない。私達がもう少し警備を光らせておけば防げたかもしれないのに」
ロザリーは奥歯を噛み締めた。相当悔しいようだ。
「過ぎてしまったものは仕方ありません。敵が中心に集まっているということは、包囲網を逆に敷けるというわけです。早速、兵を集めて包囲網をかけましょう。ロザリーもラインも所定の配置について下さい」
「わかった。行くぞライン!」
「ああ」
僕達は急いで王都の中央区に向かった。王都の中央区は商業特区で沢山の人がいる謂わば都会だ。早くなんとかしなければ、多くの犠牲者が出てしまう。
◇
僕達は王都の中央区へと辿り着いた。既に紅獅子騎士団のメンツは集まっていて、いつでも出陣出来る状態だ。
「皆! 今回の相手は人間がモンスター化させられたものだ。ハッキリ言って戦い辛いと思う。けれど、ここでキッチリ倒さないとまた犠牲者が出てしまう。彼らに罪はないが、心を鬼にして戦って欲しい。辛い戦いになると思うが、どうか挫けないでくれ」
ロザリーの言葉に騎士達は沸き立った。誰よりも辛い思いをしているのはロザリーであろう。ロザリーはこの国の民のことが本当に好きで、愛している。その彼女が心を鬼にして戦うと言っている。それなのに、自分だけ挫けるわけにはいかない。そう言った想いが騎士達を鼓舞させた。
前方にはリザードマンの軍勢がいた。その後方には今回の首謀者と思われるユピテル男爵がいる。あいつが王国の民をモンスター化させた元凶だ。
「ふふふ。ライン。今日はいい天気だな。私とキミの決着がつく日だ。私は今日で全てを終わらせるつもりでいる。この王国を陥落させて、私とキミの二人の王国を作ろう。私が国王でキミは……そうだな。公爵辺りの地位につけよう」
「悪いが、僕はお前と共に生きる気はない! 僕が生涯共に歩みたい人は決まっている!」
僕はロザリーの方をちらりと見た。ロザリーも僕の方を見たので目が合う。そしてお互いが頷く。二人の心が通じ合っているのを感じた。
「ふふふ。そうか。出来ればキミの自由意志を尊重したかったけれど仕方ない。キミを咬んで私の眷属にしてあげよう。さあ、行け! 私の下僕達よ!」
ユピテルの合図と共にリザードマンに群れが進行してきた。リザードマンはきちんと武装していて、サーベルと盾を持ってこちらに向かってくる。攻守のバランスに優れた武装だ。
「全軍待機。こちらが包囲している以上、有利なのはこちらの方です。無理に焦る必要はありません。進軍で敵の体力を奪いましょう」
ジャンの指示で皆が待機をする。しかし、そんな作戦をあざ笑うかのような出来事が起きた。
ユピテルが指笛を吹くと上空から、ワイバーンがやってきた。ワイバーンは通称翼竜で、ドラゴンに似た種族だ。だが、その実力はドラゴンには遠く及ばない言わば劣等種扱いされている。けれど、それは比較対象がドラゴンだからであって、モンスター全体で見れば高い水準の能力を誇っている。特に空中戦では、間違いなく最強クラスであろう。少なくともハーピィでは全く相手にならないほど強い種族だ。
「ワイバーン。リザードマンを補助するんだ。上空からの攻撃なら奴らも対応できまい」
紅獅子騎士団は飛び道具を持たない騎士団である。それ故、上空の敵に対してはかなり弱い。一応、ロザリーが衝撃波を飛ばす技を覚えたし、アルノーも突風を発生させるレイピアの剣技も使える。けれど、その二つで対応出来る程空の戦いは甘くはない。ハッキリ言って気休め程度にしかならないだろう。
「何だてめえ。そんな絶望的な顔をして。俺の雷を忘れたのか?」
クローマルが刀を構えている。雷を発生させてワイバーンを撃ち落とすつもりなのだろうか。
「いえ、クローマル。待ってください。貴方の雷はこちらの切り札的存在。安易に使うのは少々芸がないでしょう」
「ならどうするんだよ」
「クローマルは知らないかもしれませんが、我が国には紅獅子騎士団とは別に優秀な部隊が存在しているのですよ……ねえ、蒼天銃士隊の皆さん?」
ジャンがそう言うと、建物の屋上から蒼天銃士隊の面々が顔を出して、マスケット銃でワイバーンに狙いを定めた。そして、引き金を引きワイバーンに銃弾を浴びせる。
「何!?」
ユピテルはまさかの展開に驚いている。まさか、ワイバーンがこんな簡単に撃ち落とされるとは思ってもみなかったであろう。
遥か高い建物の上から、蒼天銃士隊の隊長ピエールがこちらに向かって親指を立てる。
「サポートは俺達に任せな。お前らは存分に暴れるこった……ほら、エミール。お前も息子になんか言ったらどうだ?」
ピエールは、エミールの脇腹を肘でつついた。アルノーの父親のエミール。彼は不愛想だが、息子のことはきちんと想っているいい父親だ。
「頑張れよ……」
エミールはそれだけしか言わなかった。けれど、アルノーにはその想いは伝わったのか、彼のやる気はみなぎって来たようだ。
「父さん! 俺頑張るよ! 王国を守るんだ!」
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