女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

65.救出作戦

公開日時: 2020年10月12日(月) 23:05
文字数:2,170

 ロザリーが煙玉を洞窟の中に思いきり投げ入れた。煙玉は衝撃を受けて破裂して中から大量の煙がもくもくと立ち込める。僕はそれを確認した後、岩陰にしゃがんで隠れて様子を見た。


 しばらく待っていると中からハーピィが一匹出てきた。かなりの厚化粧のハーピィだ。モンスターなのにどこで化粧を覚えたのか不思議でならない。


「貴様かぁ! 私達の洞窟に煙を投げ込んだのは!」


 化粧が崩れそうな程物凄い形相をしたハーピィが出てきた。ロザリーとアルノーはそれを確認した後に逃げ出した。


「逃がすかボケェ!」


「けほけほ……やれやれ……全くあの子は本当に凶暴なんだから」


 今度は冷静そうなハーピィが出てきた。厚化粧のハーピィと共にロザリーとアルノーを追い出した。


 確か確認できたハーピィは三匹のはず。しかし、待っていても一向に三匹目のハーピィが出てこない。一体どういうことだ。この煙はモンスターが嫌がる成分が含まれているんじゃなかったのか?


 どうやら最後の一匹は忍耐強いハーピィらしい。洞窟の中に居残っているようだ。


 僕はマスケット銃を抱えてゆっくりと立ち上がった。とにかく洞窟の中に入ろう。いざとなったら僕がこの手でハーピィを倒してやる。


 マスケット銃は命中に難がある代物だ。弾丸に回転がかかるので弾道がかなり曲がるのである。先程の近距離で動かない的に当てる訓練とは違い、遠距離で動く標的ともなると命中させるのは万に一つの可能性もない。


 それに、僕があの訓練で大成功したのはたったの一回で後は的に当たればとりあえずいいかという具合だった。近距離の動かない的ですらこれだから実戦では威嚇射撃程度にしかならないだろう。


 この狭い洞窟内では弾が跳弾する危険性もある。撃った僕に当たる可能性だってあるのだ。だからこの銃を発射するのは最終手段だ。


 戦いになったら銃を鈍器として扱いハーピィを倒すしかない。僕はそう覚悟を決めて、煙が充満している洞窟内へと入っていった。


 この狭い洞窟で足音を立てると響く。僕は足音を立てないようにゆっくりと前に進む。


 洞窟内は松明が壁にかけられていて照明には不足していない。ハーピィの生活感が出ている。この洞窟にはところどころ隙間があってそこから空気が供給されているようだ。酸欠の心配はなさそうだ。


 煙で視界が悪い中、僕は体勢を低くして進む。この煙はどうやら空気よりも軽いようで。下の方は煙が薄くなっているようだ。


 しばらく前に進むと、何者かの寝息が聞こえる。僕が耳を澄まして寝息のする方向を特定した。そこを見るとうっすら煙の中から人影が見えた。


 僕は人影に慎重に近づく。人質の少年か、ハーピィか、それともモンスターテイマーのミネルヴァか……どっちにしろ近づいて確かめないことには始まらない。僕は唾を飲み込み、一歩一歩音を立てないように前に進む。


 近づいてみると視認できた。豊満な胸と両腕の翼。間違いない。ハーピィの一人だ。少なくとも人質の少年ではないことを確認した僕はこれをチャンスだと思い、マスケット銃の銃口をハーピィの頭部に向けた。


 大丈夫。至近距離なら撃てる……僕の命中精度はそんなに悪くなかったはずだ。至近距離で止まっている的は訓練で何度も撃ってきたはずだ……


 引き金を引こうとする指先が震える。恐ろしい。僕が訓練で撃ってきた的と同じ条件じゃないか……何を躊躇ためらうことがある。絶対命中する。多少標準がズレてもこの距離なら確実に体に命中する……刺せる! 刺せるんだ! 躊躇ためらうな!




 ダメだ……僕が今まで撃ってきたのは生きていない的だった。僕がこの手で生き物を殺すというのか……モンスターとはいえ、ハーピィは人間に近い形をしている。それを殺す……?


「ん……」


 ハーピィの体がぴくりと動いた。まずい。このままだと起き上がる。どうしよう……撃てない。僕には撃てない。


 僕は叫んだ。必死で叫びながら、マスケット銃でハーピィの頭部を叩いた。何度も何度も執拗に叫びながら叩いた。


 洞窟内に僕の悲鳴が反響する。自分自身の恐怖をかきけしたかった。叫び声で心の安静を図りたかった。


「ごへえ!」


 ハーピィが目を覚ます。自分自身が殴られていることに気づいた時にはもう遅い。頭部からは血が飛び出て、反撃の体勢を取ることすら出来ない。彼女は一方的に殴られる恐怖に支配されながら、この痛みを受け入れるしかないだろう。


「や、やべて……ごろざないで」


 ハーピィの必死の命乞いに僕の手が止まった。このまま続けていれば確実に止めを刺せていただろう。しかし、僕にはそれが出来なかった。僕は思い出した。人を殺す感触を……


 違うこいつは人じゃない! モンスターだ! 情けをかける必要がない相手だ……


「ゆるして……たすけて……」


 ハーピィは涙目になりながら、僕に必死に許しを乞うていた。このハーピィは頭部をかなり損傷している。最早戦闘することは出来ないだろう。このまま治療せずに放っておいたらそれだけで死ぬ。もう勝負はついている。


 僕は鞄の中から医療道具を取り出して、ハーピィを治療しようとした。このハーピィはもう戦闘不能だ。応急手当をして連れて帰ろう。もしかしたらミネルヴァの情報が訊けるかもしれない。


 そう思った瞬間、ハーピィの左胸にナイフが深々と突き刺さった。ハーピィは口から吐血してぐったりとした。恐らく息絶えたのだろう。


「情報は漏らさせないわ……」

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