女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

89.エルマ漁村

公開日時: 2020年10月17日(土) 22:05
文字数:2,323

 指名手配されている私は、こそこそと王都の裏通りをドブネズミのように徘徊するのであった。そしていつもの情報を仕入れている酒場に辿り着く。


「いらっしゃい。ミネルヴァか。今日は客はお前一人だ。ここの所、客足が遠くね。酒場の経営が辛くて辛くて」


「それは好都合だわ。私は出来るだけ人目にはつきたくないもの。あ、いつものお願いね」


「あいよ」


 マスターはチェリーで作ったリキュールをグラスに注ぎ、私に提供してくれた。私はこのリキュールの香りが大好きだ。マスターのお酒はどれも飲みやすくて好きだけど、これは特に群を抜いている。


「何でこんな美味しいお酒を提供出来る腕があるのに、裏通りなんかで仕事してるの? 貴方なら十分表の世界でも通用すると思うけど」


「ふっ……俺は裏社会の人間だ。表の世界なんぞ眩しくて生きていけねえんだ」


 そう言うとマスターは遠くを見つめ始めた。勝手に物思いに耽ないで欲しい。


「そうだ。ミネルヴァ。お前が探しているマーメイドの目撃情報を入手した」


「本当!?」


 私はカウンターに手を置き、前のめりになった。私が急に近づいたものだからマスターは驚いて、少し後方に下がった。


「落ち着けよ。エルマという小さい漁村があるのを知っているか? リュナ湿原地帯を更に南西に進んだ先にある」


「ええ。リュナ湿原地帯の場所は知っている」


「そこの漁村でマーメイドが打ち上げられたらしいんだ。まだ王都の騎士団には渡ってない新鮮な情報だぜ」


 マーメイドはかなり希少種なモンスターで目撃例も少ない。その情報が手に入ったのは思わぬ僥倖ぎょうこうだった。


「ありがとう。マスター。情報提供料はこれくらいでいいかしら?」


 私は袋から銀貨一枚を取り出してマスターに手渡した。


「ああ。十分だ」



 私は角が生えた馬のモンスター、ユニコーンに乗ってエルマ漁村を目指した。ユニコーンは幻獣と呼ばれる程珍しいモンスターで人間に対する警戒心が強くて人前には滅多に姿すら現さない。しかし、モンスターテイマーの私にかかれば容易に発見し、手懐けることが出来る。


 リュナ湿原地帯をユニコーンで横断する。現在、湿原地帯は乾季に入っていてこの前来た時とは打って変わって空気が乾燥している。一年の大半は雨季で基本的に地面がぬかるんでいる所だが今回は運が良かったようだ。


 足が速いユニコーンのお陰で日が沈む前にエルマ漁村に辿り着くことが出来た。私は人目のつかない所にユニコーンを止めた。幻獣のユニコーンが発見されたら大騒ぎになって面倒になるからね。


 王都に比べると大分静で寂れた場所だ。ここに本当にマーメイドがいるのかしら。


 道を歩いていると早速第一村人を発見した。村人は小走りに走っていて息を少し切らしている。十代後半から二十代前半くらいの年頃の女性のようで、私の方をチラチラと見ている。見知らぬ人間が村に来て警戒しているのだろうかしら。


「あ、貴女……この村の人間ではないわね。悪いことは言わない。早くこの村から出た方がいい」


 女性は村に足を踏み入れた私にすぐに帰るように促している。よそ者に冷たい村なのかしら。


「早く出た方がいいってどういうこと?」


「この村にはマーメイドがいるの。村の男達は皆彼女に魅了されて、自ら進んで魚の餌になったわ。マーメイドは魅了した人間を魚の餌にする習性があるの」


 そんな習性があったのね。知らなかった。まだまだ私もモンスターテイマーとしては未熟だと痛感した。


「でも、私は女よ。マーメイドなんかに魅了されたりしない」


 私は彼女の忠告を無視して村の奥にある海岸を目指す。きっとそこにマーメイドはいるのだろう。


「マーメイドは女達を力づくで海に放り込んで魚の餌にしているの! マーメイドは海から遠く離れた場所では活動出来ない。だから私達は村の外を目指して逃げてるの!」


「へー、そうなんだ。でも関係ないや」


「人が折角忠告しているのに、もう知らない。あんたなんか魚の餌になっちゃえばいいんだ」


 海岸に辿り着くと緑色の髪の毛をした美しい女性が岩礁の上に座っていた。下半身になっていて足がない。紛れもないマーメイドだ。マーメイドは美しい歌声で海に向かって歌っている。その声だけで思わず魅了されてしまいそう。


「あなたはマーメイドね」


「そういう貴女は……人間なのに嫌な気配がしないね。モンスターテイマーかな?」


 モンスターは人間を毛嫌いしている。モンスターテイマーである私はモンスターに好かれる体質なので、彼らに正体がすぐにバレてしまうのだ。まあバレた所で特に問題はないんだけどね。


「ねえ、お願いがあるんだけどいいかな? 貴方の下半身の鱗を譲って欲しいのだけれど」


 直球なお願い。マーメイドと戦って無理矢理奪ってもいいんだけど、やはりモンスターと心を通わせる私としては、出来るだけ交渉で済ませたいのよね。ハーピィもアルラウネの時も交渉で素材を手に入れようとしたし。


「ん? 鱗? いいよ。こんなの剥ぎ取っても剥ぎ取ってもいくらでも再生するし」


 マーメイドの再生能力は異常で怪我したり体の部位が欠損してもすぐに修復するのだ。鱗が失われた程度で動じるような彼女達ではないのだ。


 マーメイドは自身の手で躊躇いもなく鱗をバリバリと剥がして私に手渡した。


「はい。これあげる。貴女はいい人間っぽいから好きだけど、ここの村の男連中は最悪でね。私にいやらしいことをしようとしたんだ。だから、魚の餌にしちゃった。てへ」


「モンスターに欲情するなんて救いようのない人間もいたものね」


「でしょー。そう思うよね?」


 マーメイドから鱗を受け取った私はエルマ漁村を後にした。マーメイドの鱗が手に入ればこんな村は用済みだ。マーメイドに滅ぼされようが滅ぼされまいが後は勝手にしてくれという感じだ。

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