日の光を遮るほど木々がうっそうとした森の中。俺は負傷した脇腹を抱えて敵から逃げ出していた。こちらは負傷していて、相手はほぼ無傷。追いつかれるのも時間の問題だ。
「くそう……ゴブリンを駆逐するだけの簡単な仕事じゃなかったのかよ!」
俺はこの傭兵部隊に参加してまだ日が浅い。紅獅子騎士団が討ち漏らしたゴブリンを狩る仕事と聞いた時は楽かと思った。ボスゴブリンがついていないゴブリンなんてただのザコモンスターだと。だけど……このゴブリン達は……
「全員ボスゴブリンクラスじゃねえか……!」
俺の仲間は全滅した。たった一匹のゴブリンすら倒せずに無残に散っていった。
ゴブリンが俺に追いついてきた。もうダメだ。俺はここで死ぬ。せめて、奴らに一太刀でも浴びせてやる。俺は剣を構えてゴブリンに立ち向かおうとする。
しかし、俺の抵抗虚しく俺の剣が届く前にゴブリンの棍棒が俺の頭部にクリーンヒットする。眩暈と吐き気と共に俺の意識がどんどんと薄れていく。
「流石はボスゴブリンちゃん達。中々の強さだわ。実験は大成功ね」
ボスゴブリンの後方で女の声が聞こえる。はは、死ぬ間際に幻聴でも聞こえたのか……こんな所に女がいるはずねえよなあ。
「これで紅獅子騎士団も終わり。騎士団のいなくなった王国なんて最早ただの飾り物でしかないわ。これで王国は私の手に落ちる」
王国の敵……まさか、こいつは指名手配犯の……
「ふふふ。どうやらこの傭兵さんも息絶えたようね。可哀相に」
◇
紅獅子騎士団宛ての書簡が届いた。ロザリーが書簡を読むと彼女の顔が険しいものとなった。
「皆。この前退治したゴブリンを覚えているか? その残党を狩っていた傭兵部隊が全滅した。雇われの兵士とはいえ、王国が雇った兵士だ。それなりに実力がある者ばかりだ」
騎士達がざわつく。騎士達が戦った感触ではゴブリンはそれほど強い個体ではなかった。ただボスゴブリンを除いては所詮はザコモンスター。そのボスゴブリンが倒された今では楽勝に勝てる相手のはずだ。
「皆……何かがおかしい。モンスターが急激に力を付けるなんて裏があるぞ」
「もしや……ミネルヴァが関わっているのかもしれませんね」
ジャンがメガネをクイっと上げてそう言った。ゴブリン達はボスゴブリンを中心に統率が取れている群衆である。その新たな群れのリーダーにミネルヴァが就任したのなら説明がつくかもしれない。
「ああ。私もそう思っていた所だ。皆、くれぐれも油断するなよ。出発は明日だ。それまで各自、自己鍛錬するなり休息して英気を養うなりして、コンディションを最高の状態に仕上げてくれ」
そう言うとロザリーは訓練場の方角に向かっていった。彼女なりに体を仕上げるつもりなのだろう。
「ライン兄さん。ゴブリンってどういうモンスターなんですか?」
「ああ、そういえばゴブリンと戦った時はアルノーはまだいなかったね。武器を扱う獣人系モンスターで人間並に器用なモンスターなんだ。頭は少し悪いから文明レベルはそんなに高くないけどね。体型は人間と比べえると一般的な成人女性ほどしかないけど、ボスゴブリンと呼ばれる個体は少し大きめかな」
「へー。そうなんですね」
「ボスゴブリンと呼ばれる個体以外はそんなに強くないんだ。それこそロザリー一人でも無双出来るくらいにね。ゴブリンをなぎ倒していくロザリーの勇姿は格好良かったな。鮮やかな剣捌きで堂々とした立ち居振る舞い。正に騎士の鑑さ」
ロザリーのことを熱く語る僕をアルノーがじっと見つめる。
「あの……ライン兄さんってロザリー団長のこと好きなんですか?」
いきなり直球な質問が来た。一昔前の僕ならロザリーのことは尊敬はしているけど、恋愛対象として見てないと答えていたであろう。しかし、今の僕は違う。ロザリーのことを異性として好きになっているのだ。
「俺、恋愛のこととかあまり詳しくないですけど、鈍感な方なんですけど、それでも二人がお互いを想い合っているっていうのはわかります」
「そうか……バレていたのか。そうさ。僕はロザリーのことが好きだ。でも、皆には秘密にしといてくれよ。でないと僕がロザリー親衛隊に殺される」
「ははは。わかってますよ。陰ながら二人の恋を応援してますね!」
「ありがとう」
アルノーは物分かりが良い子で助かる。流石は僕の弟分だ。
「じゃあ俺もゴブリンとの戦いに備えて訓練してきます」
アルノーはそう言うと訓練場の方に向かっていった。最近のアルノーは、ロザリーと肩を並べてスライムを討伐したり、ウェアウルフのリーダーを倒したりと活躍が目覚ましい。今回も期待が持てそうだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!