女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

117.雪女の噂

公開日時: 2020年10月25日(日) 20:05
文字数:2,751

 とりあえず、ヒスイ大師の話をまとめると、水龍薬は既に手元にない。皇帝に渡してしまった。皇帝は水龍薬を賞品に剣術大会を開くと言った。


 なら、水龍薬が欲しければ剣術大会に参加をすればいいんじゃないかという結論に達した。


「剣術大会か。なら私に任せろ。必ず優勝してみせる」


 まあ、剣術大会で良かったとは思う。もしこれがお絵かき大会だったら、間違いなく優勝は出来ないであろう。


「ごめんね、ロザリーにライン。うちのバカ大師が余計なことをして」


「バカって言うなバカって」


 ヒスイ大師って、ここで一番偉い人じゃなかったっけ……? それなのにルリはこの人をバカ呼ばわりするなんて肝が据わっているな。


「まあ、とにかく今日はもう遅い。ここに泊まっていくといい。ルリ。客用の寝室に案内してあげなさい」


「はーい」


 僕達はルリに案内されるまま、建物から出た。そして、離れにある宿舎へと案内された。宿舎の建物は赤い外観で三角錐のような屋根が設置されている。ルリはその宿舎の引き戸を開けて中に入っていく。


「ロザリーは一階のこの部屋に泊まって。ラインは二階の一番奥の部屋に泊まってね」


 ロザリーが案内された部屋は殺風景なもので布団以外何もなかった。西洋の文化と違い、ここにはベッドというものがないようだ。


 床にはフローリングの代わりに、何か妙なものが敷き詰められていた。これは畳とかいう奴だろうか。東洋の文化に詳しいジャンが言っていた特徴と合致する。僕は念のためルリにこれは何か訊いてみることにした。


「ルリ。これは畳ってやつかな?」


「そうだね。よく知っているねライン」


「ジャンに聞いたことがあったんだ。東洋の国には床にイグサと呼ばれる植物で作った畳を床に敷くって」


「なんか独特の匂いがするな。私はこの匂い嫌いじゃない」


 ロザリーは畳の匂いを気に入ったようだ。


「じゃあ、次はラインの部屋に案内するね」


 僕はルリと一緒に二階へと上がった。階段を歩くと床が軋む音が聞こえる。結構大きい音で、ここの階段を誰かが通ればわかるだろう。


 僕はそのまま二階の一番奥の部屋に案内された。部屋には錠がつけられていて、ルリが鍵で錠を開けた。ロザリーの部屋には錠がついていなかったのに、どうして僕の部屋にはついているんだろう。


「ここがラインの部屋だね」


 ロザリーと同じく畳の部屋。布団もあるが、決定的に違う箇所が一つあった。部屋の中心には灰が溜まった窪みがある。これは一体何なんだろう。


「寝る時はそこの窪みに火を灯して、暖かくしてから寝てね。じゃないと雪女に襲われるかもよ」


「雪女?」


「ここら一帯に住むと言われている妖怪だよ。まあ西洋でいうモンスターみたいなものかな。夜になると現れて、若い男の匂いを嗅ぎつけて襲いにかかる妖怪なんだ」


 妖怪。それも東洋に詳しいジャンに聞いたことがあった。中でも印象に残っているのは白いふわふわした物体のケサランパサランとかいう妖怪の話だ。


「なるほど。だから、僕の部屋にはこんな厳重な錠がついていたんだ。雪女に侵入されないように……それに、ここに男の人がいないのも雪女のせいなの?」


「流石鋭いねラインは。そうだよ。ここに男の人が来たら雪女に狙われるからね。だからここには女しかいない」


 点と点が線で繋がれてスッキリとした気分だ。


「本当に気を付けてね。鍵もちゃんとかけてよ。雪女が嫌がるから火もつけてね。雪女は本当に恐ろしい妖怪なんだから!」


 そう言われて僕はルリから鍵を受け取った。 そこまで念押しをされたら気を付けるほかならない。


 僕の部屋から出ていったルリ。一番奥の部屋なのに、階段の方から軋む音が聞こえてくる。やはり、あの階段の軋む音は相当大きいんだな。


 時刻はまだ夕方だ。寝るのには少し早い気がするが今日は疲れていてすぐに眠りたい気分だ。このまま寝てしまおうか。


 僕はルリに言われた通りに、中央の窪みに火をつけて布団を敷いて寝ることにした。火のお陰でほんのりと空気が温かくなった。そういえば、ロザリーの部屋にはこの窪みがなかったっけ。ロザリーは寒い思いをしてないかな? と少し心配に思った。


 僕は旅の疲れからか、布団にもぐってすぐに眠気がやってきた。このまま一気に深い眠りについてしまいたい。そう思った瞬間に僕の意識は途切れた。



 夜中、僕は目が覚めてしまった。少し早めに寝てしまったせいであろうか。かなり中途半端な時間に目が覚めた。


 外から風が吹く音が聞こえる。火が明かりになって外の光景がうっすらと見える。窓の外を覗き込むと外は吹雪が吹いているらしい。


 外には着物を来た髪の長い色白の女性がいた。こんな吹雪の中、何をしているのだろうか。女性はこちらを見て、にっこりとほほ笑んだ。一体何なんだろうと思った瞬間、女性はすっと消えてしまった。


 僕は夢でも見ているのだろうか。第一こんな吹雪の中に女性がいるわけないか。きっと何かの見間違いだろう。そう思い再び布団の中に入ろうとする。


 コンコンと僕の部屋の扉を叩く音が聞こえた。こんな時間に一体誰だろう。


「ライン。起きているか? 私だ。ロザリーだ」


 扉の前からロザリーの声が聞こえてきた。一体何の用だろう。


「その……寒くて人肌恋しくなってな。温めて欲しいんだ」


 なんだいつものように甘えに来たのか。


「ちょっと待ってて。今すぐ開ける」


 僕は扉の前に立った。だが、その瞬間、何かもやもやとした違和感のようなものを覚えた。


 待てよ。ここの階段はのぼる時には軋む音がするはず。一階にいたはずのロザリーがここに来るにはその音が聞こえるはずだ。なのにその音は聞こえてこなかった。


「どうした? ライン? 開けてくれないのか?」


 何かがおかしい。そう思った僕は警戒した。


「ライン……開けて……このままじゃ私凍えてしまう……」


 僕の疑惑が確信に変わった。こいつはロザリーではない。


「ロザリー。もしキミが本物だったらいつものように僕に甘えてくれないか?」


「い、いつものように……? は、恥ずかしいな」


「おかしいな。僕と二人きりの時に恥ずかしがるような性格じゃなかったはずだけど?」


「わ、私だって恥ずかしがる時くらいあるぞ……ま、まあキミが言うなら仕方ない。ライン……寒いよ……人肌で私を温めてくれ」


 僕はクレイモアを手に取り、扉の前で構えた。こいつは恐らく敵だ。僕を惑わそうとする奴だ。


「ロザリーはね。僕に甘える時はラインきゅんって言い、自分のことをロザリーと呼ぶようになるんだ! お前は偽物だ!」


「ふん、バレてしまっては仕方あるまい」


 ロザリーの声色から、低い女の声へと変貌した。やはり、こいつは別人だ。


「この扉を無理矢理こじあける!」


 扉を何かがガンガンと叩く音が聞こえる。まずい。このぼろい扉じゃそう長くは持たないかもしれない。僕はクレイモアを握りしめて戦いに備えた。

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