「ねえ、今日はラインの家に行きたい」
ゴブリン討伐から帰って来たロザリーはまた何か変なことを言い出した。僕の家か。今まで女性を部屋に上げたことはない。特に面白いものがあるわけでもないし、ロザリーを満足させられるかが不安だ。
「まあ、来てもいいけど面白いものはないよ」
「いいの。ラインがいればそれだけで……」
う……その一言に思わず胸がトキめいてしまった。何て可愛らしいことを言い出すんだろう。
「じゃあ今夜僕の家においで」
「ふふふ。女を家に誘うなんてラインも中々のたらしだな」
「ロザリーが言い出したことじゃないか!」
任務の後処理を終えた僕達はそのまま特に残業することもなく帰った。残業は敵だ。いくら割り増し賃金を貰った所で時間の方が圧倒的に貴重だ。もっと人類は余暇を楽しむべきだと僕は思う。
◇
僕の家は中流階級の人が住む住宅街にある。ロザリーが住んでいる高級住宅街とはかなりランクは下がるがそれでもこの国ではいい暮らしをしている方だと思う。この国には中流階級にすら入れない下流階級や更にその下の貧民階級がいる。下流階級以下の国民に苦しい生活を強いているのは国に雇われている身としては少し心が痛むところではある。
僕は自分が住んでいるアパートへ向かっていく。自分の部屋の扉の前に立ち、いつものようにカギを開けて家の中に入る。
「ただいま」
誰もいないのだが、つい癖でただいまと言ってしまう。誰もいないのに、おかえりと返事が返ってきても怖いのだが、返事をしてくれる人がいない生活というのも寂しいものだな。僕もそろそろ結婚を考える年なのかな。
「お邪魔するぞライン」
ロザリーは僕の部屋に入ってきて早々に部屋の中心に立ち、思いきり深呼吸をしている。この不可解な行動に何か意味はあるのだろうか。
「ロザリー。何してるの?」
「何って決まってるだろ。ラインの生活臭を吸っているんだよ」
拝啓お母さま。僕の所属している団の団長がとんでもない変態でした。生活臭を吸うって何? どういう生き方してたらそういう発想が生まれてくるわけ。
「うーん……イマイチだな。やっぱり……」
ロザリーは僕に抱き着いてきて胸板に顔を埋めてくる。
「直接吸うのが一番いい。ラインきゅーん」
ロザリーがいつものように僕の胸板をすーはーと吸い始めた。
「ラインきゅんの匂いに包まれてる。幸せすぎて死んじゃう。死んじゃうよ」
「ロザリーに死なれたら困るから離れてくれないかな」
僕はちょっとした意地悪を言ってみた。その瞬間ロザリーは僕の背骨にヒビが入りそうなくらい強い力で抱きしめてきた。く、苦しい。
「やなのー。ラインきゅんと密着する」
「ロ、ロザリー。もっと優しく……」
僕はロザリーの体にタップして降参の意を示した。このままでは僕の背骨が折られてしまいそうな勢いだ。ちょっとした冗談を言っただけで背骨を折られてはたまらない。
「あ、ご、ごめん。ライン。痛かったか?」
ロザリー本人はジャレているつもりでも、力加減はシャレにならない。でも、おかしいな。いつものロザリーより幾分か抱きしめる力が強い気がする。
「ロザリー。やっぱりミネルヴァを取り逃がしたこと気にしてるの?」
ロザリーの精神が不安定な状態になっていたから力加減が上手く調節出来なかったのだろう。僕はそんな状態の彼女に冗談を言ってしまったことを後悔した。今のロザリーに必要なのは僕による甘やかしだ。全肯定してあげなければならない。
「ああ。奴はモンスターを強化する力を手に入れたとみて間違いがない。だからそんな厄介な奴を早めに捕まえたかった……なのに、私は何をやっているんだ」
僕はロザリーを抱きしめて彼女の背中を軽くさすった。丁度いい肉付きでとても触り心地がいい感触。癖になりそうだった。
「よしよし。大丈夫。ミネルヴァがまた襲ってきても紅獅子騎士団の皆がいれば乗り越えられるさ」
「ラ、ラインきゅん……うぅ……それいい。もっとこうしていて」
どうやら僕の背中さすりがお気に召したようだ。可愛い。いつまでも愛でていたくなる。
「あ、あのね……ラインきゅん。今日はラインきゅんにして欲しいことがあるんだ」
「何? 僕に出来ることなら何でも言って?」
「ラインきゅんに膝枕して欲しいんだ」
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