女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

94.トラウマ

公開日時: 2020年10月19日(月) 22:05
文字数:2,152

 オリヴィエは僕に向かってクレイモアを振るった。僕は後方に跳躍して彼の攻撃を躱した。かつてない緊張感が僕の中で駆け巡る。オリヴィエと戦う……? そんなこと出来るわけがない。


「オリヴィエ! 正気に戻ってくれ」


「ライン! 剣を取れ! 一方的な戦いはつまらねえからな!」


 オリヴィエが一歩一歩こちらに詰め寄ってくる。ダメだ。オリヴィエとは戦えない。僕は急いで洞窟の出口へと走り出した。とにかく逃げよう。この場にいたらまずい。オリヴィエ達は赤いマタンゴの胞子を吸ったからおかしくなったんだ。だから、外に出て新鮮な空気を吸えば何かが変わるかもしれない。


 必死で走る。しかし、その思いも空しく僕は思いきり転んで前へと倒れこんでしまった。洞窟内はかなり湿気が高くて地面が濡れていてとても滑るのだ。急いでいたのが裏目に出てしまった。


「ライン。もう逃げられないぞ」


 オリヴィエが剣の射程距離内に収まる。オリヴィエが倒れた姿勢の僕にクレイモアを振るう。絶体絶命の危機に僕は思わずレイピアを使って、オリヴィエに反撃を試みる。


 金属同士がぶつかる音が洞窟内に響き渡った。オリヴィエのクレイモアを僕のレイピアが受け止める。僕は急いで立ち上がり、クレイモアを受け流した。そして、戦闘態勢を取る。この距離では最早逃げることは出来ない。もう戦うしかないのだ。


「オリヴィエ……本気で僕と戦うつもりなんだね」


「ああ。そのつもりだライン。お前も騎士なら俺との決闘を受けてくれ」


 模造された剣ではない真剣での戦い。オリヴィエとはかつて戦ったことがあるけど、あの時は手も足も出ずに負けてしまったな。でも、今の僕は違う。僕だって師匠に鍛えられたんだ。


 オリヴィエが剣で僕を斬りつけようとする。僕は左手に忍ばせていた短剣でそれを防いだ。マン・ゴーシュと呼ばれる剣で敵の攻撃を受け流す目的で忍ばせておいたのだ。


「何ィ!」


 オリヴィエは物凄いパワーだった。僕の左手の力だけでは彼のクレイモアを完全に受け流すことは出来なかった。しかし、一瞬でも隙を作れれば十分。僕は彼の急所を外した位置を狙ってレイピアで思いきり刺突した。


「がは……」


 僕のレイピアを受けたオリヴィエは吐血した。結論から言うと僕は彼の急所を刺してしまった。急所を外したつもりだけど、剣を持つ僕の手が震えていたため、上手く狙いを定めることが出来なかったのだ。ズレた照準は不幸にも彼の急所を刺していた。


「オリヴィエ!」


 洞窟内に僕の叫び声が反響する。しかし、どれだけ叫んでもオリヴィエはぐったりしたまま動くことはなかった。僕は……僕はオリヴィエを殺してしまったのだ……



 結局オリヴィエ率いる第四部隊は僕以外全滅したという結果で終わった。赤いマタンゴは攻撃を受けると反撃として胞子をまき散らす。その胞子には人を錯乱させる効果があり、仲間だと認識した人物に攻撃を仕掛けるようになるのだ。身体能力が劣る赤いマタンゴは仲間割れをしている隙に逃げ出すという生存戦略を取っていたのだ。


 その赤いマタンゴを倒す方法は、火で焼き尽くすことだった。赤いマタンゴは打撃、斬撃には耐性があるが、火には弱い上に焼けば胞子は出てこない。そのことを知らなかった故の悲劇だった。


 後日、赤いマタンゴはきっちりと不死鳥騎士団の手によって仕留められた。第四部隊という犠牲はあったが、不死鳥騎士団はきっちりと任務をこなしたのだ。


 その任務の後、僕はすぐに不死鳥騎士団の他の隊に配属されることになった。しかし、訓練中に剣を持ち、模擬戦の相手の前に立つと僕の体に変化が訪れた。


「く……ハア……ハア……ゲホ……ゲホ……」


 剣を持つと手が震える。息が苦しい。まるで首が絞められているかのようだ。咳が止まらない。呼吸が出来ない。頭が真っ白になって何も考えられない……


 僕はすぐに医務室に運ばれた。体を検査されたが特に何の問題もない。病気らしきものは見当たらない。身体的には健康そのものだった。だとすると、問題があるのは精神の方だろう。


 そこで軍医に色々とカウンセリングを受けた結果、判明した事実がある。僕はオリヴィエを殺したトラウマにより剣を握れなくなったのだ。


 正確に言うと剣を握ること自体は出来るのだ。だが、その状態で誰かと相対するとオリヴィエを殺した時のことを思い出してパニック状態になる。


 ロクに訓練も出来ないし、戦場でモンスターと相対した時にこの様な症状が出てしまっては戦闘にならない。トラウマを克服するために頑張るという選択肢もあったが、僕は騎士を引退する道を選んだ。


 それから僕は衛生兵を目指した。騎士としてはもう活動出来ないけど、せめて彼らのサポートはしたかった。その後、衛生兵になった僕は蒼天銃士隊に配属された。更にその後、ロザリーが紅獅子騎士団を結成したので、僕は異動願いを出して紅獅子騎士団の衛生兵になったのだ。



 僕は海を見ていた。オリヴィエの髪と瞳の色は正にこの海の色とそっくりだった。僕はオリヴィエを殺してしまった……大切な友人だったはずの彼を殺してしまった。その事実は一生消えることはない。僕はこの十字架を死ぬまで背負っていくつもりだ。


 さて、物思いに耽るのも程ほどに、皆の所に戻るか。この紅獅子騎士団の皆の命は僕が守るんだ。もうあの悲劇は繰り返さないように。

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