僕は驚いた。まさか実家にロザリーがいるとは思わなかったから。ロザリーは少し目を伏せて頬を赤らめながら「来ちゃった」とだけ言った。恋人がサプライズで家に来たような物言いをされると少し心がときめいてしまう。
「騎士団の皆には夜通しで村の見回りをしてくると適当なことを言って抜け出して来た。まあ、今日一日戻らなくても心配はされないだろう」
父さんと母さんが何やらニヤニヤとこちらを見ている。両親に見られていると思うと何だか気恥ずかしい気分だ。
ロザリーがこちらに近づき、僕の耳に口を近づける。
「ライン……私、もう限界なんだ……体が疼いて仕方ない。キミの帰りをずっと待っていたんだ」
耳元で囁かれるその声。僕の両親に聞かれないように配慮してくれたのはありがたいが、上ずった声で言われると妙に艶めかしく感じる。
「ロザリー。とりあえず、僕の部屋までおいで。話はそこでしよう」
「うん。わかった」
物分かりがいいロザリーを連れて僕は二階にある自分の部屋に彼女を案内した。趣味のものは何もないベッドがあるだけの殺風景な部屋に女性をあげるのは何だか気後れする。
「ここがラインの部屋か」
「つまらない部屋だろう。昔は森で拾った木の実や石とかあったけど、引っ越しの時に全部片づけたから何もないんだ」
「そうか……子供の頃の思い出の品がないんだな……それは少し物寂しいな」
なんだかしんみりとさせてしまった。そういう意図は全くなかったので申し訳ない気持ちになってくる。
「思い出の品がなくても僕にはロザリーがいる。キミと一緒に過ごした日々は全部掛け替えのない思い出さ」
少し気障なセリフだっただろうか。自分でも言っていて恥ずかしいと思った。正直発言を取り消したいレベル。
「もう、そんなことばっかり言って……全くキミという男は、どうして私の心を掴むのが上手いんだ」
どうやらロザリーには好感触だったようだ。意外にも気取ったセリフに弱いんだな。ロザリーにも乙女な一面があるのだろう。
「なあ、ライン。ここで私と特別な思い出を作らないか? キミにとって懐かしい場所であるここで」
特別な思い出を作る? 何を言っているんだこの女は……
「ラインきゅん。ロザリー甘えたくなってきちゃったな。ここでロザリーに甘えられたって思い出を作ろうよ」
「ははは。ロザリーに甘えられるなんていつものこと過ぎて特別な思い出にならないよ」
「ふふふ。それはどうかな?」
そう言うとロザリーは息をすぅーと吸い始めた。
「ラインきゅんしゅきぃ!」
一階にいる僕の両親にも聞こえるんじゃないかという声でロザリーが叫んだ。僕は慌てて彼女の口を塞ぐ。ロザリーを一瞥すると、彼女の目は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。そのままくぐもった声で「好き」という言葉を連呼している。
「お、おい……ロザリーまさか……」
流石に口を塞ぎ続けているのは可哀相だと思い、ロザリーの口から手を外す。ロザリーは口角をあげて僕に微笑みを投げつける。
「えへへー。どう? ドキドキするでしょ? 両親にバレるかバレないかのスリルを味わいながら甘えるのって」
確かにロザリーの言う通り、妙な背徳感がある。別に僕達はいい大人なんだから、そういう関係だとしても何の問題もないんだけど、実際にイチャついている様子なんて両親には秘密にしておきたいのが心情だ。
「今日のロザリーはいつもより大声で甘えちゃうかもしれないから覚悟してね」
なるほど。ロザリーの鍛え上げられた肺活量を有効活用するんだな。それならこちらにも考えがある。
「ロザリー。ここにハンカチがあるだろ? それをキミの口にこうしてやる」
「キャー! ラインきゅんの鬼畜ー! そんなもの無理矢理入れないでよー」
僕は慌ててロザリーの口を塞いだ。無理矢理ハンカチを押し込むとロザリーは口をもごもごとさせて恨めしそうな目でこちらを見ている。勝った。ハンカチという文明の利器の勝利だ。人類の知恵がゴリラ並のパワーを持った女騎士に勝ったんだ。
「ぐへへ。この女騎士をどうしてくれようか」
ロザリーは僕のベッドの上にダイブした。そして、横になり涙目になりながら上目遣いでこちらを懇願するような目で見つめている。
その姿はまるでモンスターに捕まって怯えるお姫様のような姿だった。何故だ。ゴリラ並のパワーを持っている女騎士が何故こんな姿を演出できるんだ。
ロザリーをこんなになるまで追いつめてしまったことによる罪悪感を覚える。元を辿ればロザリーの奇行が原因なのに何故かこちらが悪いみたいな空気を醸し出している。
「あ、あの……ごめんねロザリー。やりすぎちゃったみたい」
僕はとりあえずロザリーの口に押し込んだハンカチを回収した。彼女の涎がべたべたと付いていて汚い。後で洗濯しよう。
「ぷはー……ラインきゅん? ロザリーに酷いことしたらメッだよ? 罰として一時間なでなでの刑に処す」
僕はただ「ごめんね」と言いながらロザリーを小一時間程撫で続けた。ロザリーもそれに対して満足したのか大人しく撫でられていた。僕のなでなでに安心したのか、昼間の戦闘での疲れが残っていたのか、ロザリーはそのまま僕のベッドで寝てしまった。
全く。ロザリーは大変な子だよ。本当に。この大変さは、ある意味忘れられない思い出にはなったかもね。
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