西洋への船便が出るのは明日だ。それまで僕達はこの東洋に滞在することになる。ルリは家族に挨拶するために実家の方に戻ったらしい。
一方、西洋についてくる気まんまんのクローマルは身支度を整えてくるために家に戻るらしい。
「クローマル。キミの家族は西洋に行くことを承知しているのか?」
「ロザリー姐さん。俺には家族はいません。母さんは小さい頃に流行り病で死にました。父さんは辻斬りに殺されて、姉さんは遊郭に売られて生きているのか死んでいるのかすらわかりません」
「む、すまない。辛いことを思い出させてしまったな」
ロザリーはバツが悪い顔をしている。
「しかし、家族がいないキミの気持ちはわかる。私も母親を病で亡くして、父親もモンスターに殺された。兄弟姉妹はいなくて私には血の繋がった人はいないのだ」
ロザリーはクローマルに自分の境遇を重ねているのであろう。
「では、明日港で会いましょう。それでは……」
クローマルはロザリーに一礼して去っていった。これでロザリーと二人きりだ。なんやかんやずっとルリと一緒にいたからか、こうして二人きりになるのは久しぶりな気がする。
「ねえ、ラインきゅん」
ロザリーが早速猫なで声で甘えてきた。そういえばここの所ずっと甘やかしていなかったから、そろそろ限界が来ている頃だろうと思ってた。
「ロザリーね。頑張ったんだよ。頑張って剣術大会優勝したんだよ」
ロザリーは自分の功績をアピールしてきた。確かに凄いことだ。クローマルという強敵や妖怪と化したイタチを倒しての優勝だ。これは褒めるに値することである。
「ああ。ロザリーは頑張ったね。偉いよ」
僕はロザリーの頭をそっと撫でた。彼女はそれに対して目を細める。
「えへへー。もっと褒めて、褒めて褒めて」
無邪気な子供のようにひたすら、褒めることを要求するロザリー。もし、クローマルがこのことを知ったらどんな反応をするだろうか。強くて頼りになる年上のお姉さんのイメージ像が完全に崩れ去ってしまうかな。
「ロザリーが今まで頑張って来たから優勝出来たんだよ。本当に偉いね。よしよし」
「えへへー。ラインきゅんに認められるのしゅきぃ……」
ロザリーは僕の体に密着して上目遣いで僕を見てきた。
「ねえ、ラインきゅん。ロザリー頑張ったんだからご褒美欲しいなー」
突然のご褒美要求。しかし、ご褒美と言っても何をあげればいいのだろうか。とりあえずロザリーに訊いてみることにしよう。
「ねえ、ロザリー。何が欲しいの?」
「えっと……その、女の口から言わせるつもり? ラインきゅんのバカァ……」
突然の罵倒。なら最初からご褒美要求なんてしないで欲しい。とは口が裂けても言えない。とりあえず、ロザリーに合わせてあげないと。彼女の精神を安定を図るのが僕の役目なんだから。
しかし、ロザリーが何を要求しているのか言ってくれないと、どうしようもない。ここで外したら彼女の機嫌を損ねてしまうかもしれない。メンタルが弱い彼女が一度精神を崩したら、再建するのに時間がかかってしまう。ここは、一か八かの賭けに出るしかない。
僕はロザリーをそっと抱きしめた。壊れやすい繊細なガラス細工を扱うかのような力加減で。するとロザリーは急に眼を瞑り始めた。どうだ? 正解かな?
「もう……ロザリーが本当に欲しいのはこれだよ……」
そう言うとロザリーの唇が僕の唇を塞いできた。まさかのキス。ハグの更に上を行く要求であった。一呼吸の間触れあう唇。唇が離れてもその柔らかな感触はまだ残っている。
僕から顔を離したロザリーの顔はリンゴのように真っ赤になっている。伏し目がちで僕と視線を合わせようとしない。堂々と人の目を見て話す彼女らしくない。
「あ……あはは。私何してんだろ。ライン。このことは皆には内緒だぞ」
もちろんそのつもりである。ロザリーとキスしたなんて言ったら、騎士団の皆にボコボコにされてしまう。
「さて、宿に戻ろうか……あ、言っておくけど、宿の部屋は別々だからな! 今のキスに乗じてその先に行こうとしないように!」
「はいはい。わかってるよ」
僕達は宿に戻り、そのまま一夜を過ごした。東洋で過ごす最後の夜。ここに来て色々あった気がするが、いざ離れるとなると少し名残惜しいかな。
◇
翌日、僕達は予定通り港に集まった。僕とロザリーとルリとクローマル。よし、ちゃんと全員いるな。
「んー。さあ、西洋に戻るぞー」
ルリは伸びをしながらそう言う。
「ルリはまだ東洋に帰るつもりはないの?」
「あー。何、ラインは私に早く帰れって言いたいのー?」
ルリは不機嫌そうな顔で頬を膨らませる。失言してしまったか。
「そういうわけじゃないよ。ただ、故郷が恋しくないのかなって……」
僕だって故郷の村から離れて王都に来ている。故郷にいい感情を持っていない僕でさえ、故郷に帰った時はノスタルジーな想いを馳せていた。
「うん……正直言うと家族と離れ離れになるのは寂しいよ。けれど、私はもっと世界のことを勉強したい。東洋にいたままでは身に付けられない知識だっていっぱいある。西洋の知識もしっかり取り入れて、いつか東洋に伝えるんだ」
ルリは真っすぐな目でそう言った。
「へー。中々殊勝な心掛けじゃねえか。ガキの癖によ」
「あんただってまだ子供じゃないの!」
「な! 俺は身長が低いだけだ! ガキじゃねえ!」
クローマルとルリがバチバチにやりあっている。そうこうしている内に船の搭乗手続きが開始された。
「二人共。喧嘩していると置いていくぞ」
「あ、待ってくださいロザリー姐さん」
こうして、僕達の東洋の旅は幕を閉じたのであった。
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