ライン、ロザリー、ルリ、クローマルの四人を乗せた船は西洋へと向かっていった。その船にちょっとした事件が起きた。
「きゃあ!」
一人の若い婦人が悲鳴をあげる。その声に反応してか船員が彼女の傍に駆け寄る。
「どうかなさいましたか?」
「こ、蝙蝠! この船に蝙蝠がいます!」
「はっはっは。蝙蝠くらいどこにだっています。船の中にいたって珍しいものじゃない」
船員のその物言いに婦人は彼をキッと睨みつけた。
「まあ! なんて野蛮な人なの! わたくしは蝙蝠が苦手なんですの! 早く駆除して頂戴」
船員は蝙蝠を殺そうとするなんてどっちの方が野蛮だよと内心思いつつも、婦人が指さした方向に向かった。この先に蝙蝠が逃げたようだ。狭苦しくて暗い倉庫の中。そこに入ると蝙蝠が船員めがけて飛んできたのだ。
「うわ!」
船員は思わず尻もちをついた。その隙を蝙蝠が狙って噛みついたのだ。
「うぐ……」
蝙蝠に噛まれた船員は自身の体の骨が溶けていくような感覚を覚える。一体自分の体はどうなってしまったのか。そう感じながら、倉庫を出て船へと戻った。
「ちょっと貴方。ちゃんと蝙蝠を始末したんでしょうね?」
婦人が船員に詰め寄る。そして、船員の顔を見て婦人は大きな悲鳴をあげた。
「な、なんですの……」
婦人は恐ろしいものを見てしまった。船員の顔の左半分がドロドロに溶けてしまってまるでゾンビのようになっている。
船員は婦人の方を向いてニヤリと笑った。
「オマエモ ナカマニ シテヤル……」
◇
何だか船が騒がしい気がする。女性の悲鳴が何度も聞こえてきたし、何かあったのだろうか。
「うぅ……この海の底には美味しいお魚さんがいっぱいいる……潜りに行って獲りたい……」
ロザリーが何だか野性味あふれる発言をしている。何なんだこの人は。
「ねえ? 何だか嫌な予感しない?」
ルリが僕にそう耳打ちをした。
「ああ。僕もそう思っていた所だ」
嫌な気配を感じ取っていたのは僕だけじゃないのが安心した。僕はルリと一緒に船内を探検することにした。
客室が連なっている廊下を歩く。すると前からセーラー服をきた船員がやってきた。だが、なんだか様子がおかしい。顔色がよくないし、足も引きずっている。何か体調が悪そうだ。
「すみません。大丈夫ですか?」
僕は元衛生兵として体調が悪い人は放っておけない。彼に近づこうとする。その時後ろから声が聞こえた。
「ライン! 近づいちゃダメ! その人おかしい!」
ルリのその一言に僕はハッとする。船員の顔がちょっとずつ溶けているのに気づいた。
「オ、オレハ……モウ タスカラナイ。ニ、ニゲロ……オマエモ カンセンスルゾ」
僕は慌てて距離を取った。これはゾンビだ。でも、一体どうして船内にモンスターが紛れ込んでいるんだ?
「ルリ! ロザリーにこのことを知らせて! この船は危ない! 皆を安全な所に避難させるんだ」
「うん。わかった」
僕は持っていたクレイモアを手に取り構えた。本当に可哀相だけれど、こうなってしまってはもう彼は助からないだろう。ならば、せめてこの状態で生き永らえるよりは殺して楽にしてあげるのが人情というもの。
僕はクレイモアを振るおうとした……しかし、その時、僕の心臓が締め付けられるようなそんな感覚を覚える。息が苦しい。何か首を絞められているような、喉に綿でも詰まっているかのような感じがする。
この症状には覚えがある。オリヴィエを殺してしまった後に出て来るトラウマの症状だ。何でこんな時にこの症状が……とっくの昔に克服したと思っていたのに……やはり僕には人間を殺すことは出来ないのか?
しっかりしろ! ライン! これは、もう人間じゃない。モンスターだ。モンスターなら遠慮なくやれるはずだろう。元が人間だからと言って躊躇してはいけない。こいつを倒さないと更に二次被害が発生する。ゾンビに噛まれた人間はゾンビになってしまうのだから。
船員の後ろから更にゾンビが二人ほどいた。もう一人の船員と若いご婦人のようだ。三対一状況はとんでもなく不利だ。更に僕は今トラウマが再発している状況だ。
その時だった。僕の背後から青白い光が伸び出てきて、それがゾンビの軍団に命中した。
「チッ! しゃきっとしろ! ライン!」
「クローマル!?」
「テメエ、ゾンビ相手にビビってんのか? それでもテメエは騎士か?」
「ご、ごめん」
そうだよな。ここで尻込みをするようなら騎士じゃない。僕は何のために騎士に復帰したんだ……
「行くぞ!」
僕はクレイモアを振るい、痺れている状態のゾンビを次々に切り裂いていく。ここでしっかり止めを刺しておけば他の乗客や船員に感染することはないだろう。
「ふふふ……流石、私のライン。中々いい剣筋をしている。一度は私を下した程のことはあるな」
上空から聞き覚えのある声が聞こえる。この不快な声は忘れもしない。ユピテル男爵の声だ。何故ユピテルがここにいる? いや、姿が見えない……上空にいるのは蝙蝠しかいない。一体どこにいる?
「ここだ」
蝙蝠が翼を広げると同時に、蝙蝠の姿がユピテル男爵に変貌した。こいつ、変身能力まで持っていたのか。
「な、何だこいつは……」
クローマルはユピテル男爵を見て驚いている。この二人は初対面だったか。
「こいつはユピテル男爵。西洋の貴族さ。ただそれは表向きの顔で、こいつの正体はヴァンパイアというモンスター。クローマル。気を付けるんだ。こいつに噛まれるとモンスター化するぞ」
「ライン……やはりキミは美しい。私の最愛の人に似ている。さあ、私の腕で抱かれるといい。死ぬまで可愛がってあげよう」
「な、何なんだよこの気色悪い男は……これじゃあ、ユピテル男爵じゃなくてユピテル男色じゃねえか」
クローマルがこんな状況なのに微妙に上手いことを言っている。
「ユピテル! まさか、彼らがゾンビ化したのはお前の仕業か!」
「ああ。そうだ。キミ達から水龍薬を奪うために彼らには手駒になって貰った。まあ、すぐにやられてしまって期待外れだがね」
こ、こいつ……そのために人をモンスターに。許せない! こいつは絶対に僕が倒す!
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