僕達はルリがいる研究施設を訪れていた。水龍薬のことについて彼女に相談があったからだ。東洋の予言者の血を引くルリなら何か知っているんじゃないかと思ったから。
僕達はルリに全てを話した。ミネルヴァ達がアルラウネの花弁。マーメイドの鱗、セイレーンの髪の毛を手に入れたことを。もしかしたら、既にハーピィの卵も入手してるのかもしれない。そうしたら、もう水龍薬を作られてしまう。
「なるほどねー。状況はわかったよ。水龍薬を生成するのには時間がかかるんだ。セイレーンの髪の毛を薬として使える形にするには一カ月間の成分の抽出が必要なの」
「成分の抽出……? 何だそれは」
ロザリーが頭にハテナを浮かべる。ずっと騎士として訓練してきたロザリーには少し難しい話だっただろうか。ここは僕が説明してあげないと。
「ロザリー。例えば牛乳があるだろ。牛乳は色んな栄養素が混ざっている。牛乳に含まれている成分に骨を強くするものがあることはわかる?」
「ああ。牛乳飲むと骨太ふなるとか背が高くなるとかよく言われてるからな!」
「その骨を強くする成分だけが欲しい時は、牛乳に含まれている他の栄養素が邪魔になるだろ? だから、牛乳から上手いこと骨が強くなる成分だけを抜き出すこと。それを抽出と言うんだ」
「なるほど。その抽出に時間がかかるから、奴らが水龍薬を手にするにはまだ時間があるということか」
「そういうことだね。だから、その間に二つ出来ることがあるよね。一つは紅獅子騎士団の皆が水龍薬が完成される前にミネルヴァを倒すこと。もう一つは、私の故郷、東洋に行って既に作られた水龍薬を手に入れること」
ルリがさらりととんでもないことを言ってのけた。水龍薬は既にこの世に存在していたのか。それも東洋にある。
「なるほど。こちらも水龍薬を手に入れれば奴らに対抗出来るかもしれない。ありだな」
「私も久々に実家に帰りたいから一緒に行くよ。皇帝陛下のご病気が完全に快復なされたのかも気になるし」
「決まりだな」
◇
「という訳で私達は東洋を目指すことになった」
「東洋ですか……私も行きたいですね」
ジャンが珍しく目を輝かせている。彼の曽祖父は東洋で軍師の勉強をしたという。その血が騒いでいるのであろう。
「残念だけどジャン。キミは留守番だ。私が不在の間、紅獅子騎士団に任務が舞い込むこともあるだろう。その時はキミが指揮しなければならないからな」
「それはそうですね……残念ですが仕方ありません」
「紅獅子騎士団からは私とラインがいく。後の物は留守を任せたぞ」
まあ、そうなるよね。東洋へは割と長旅になる。その間、僕がいなかったらロザリーは間違いなくホームシックになるであろう。ちゃんと甘やかしてあげないといけない。
「おい! ライン。お前ロザリーに変なことするなよ!」
「そうだ! この前のウェアウルフの時みたいに手を出そうとするな!」
「おうよ! ロザリーは俺達皆のものだからな! 抜け駆けは許さねえ!」
ロザリー親衛隊が僕に突っかかってくる。まだ、ロザリーと二人で過ごした夜のことを根に持っているのかこいつらは。とんでもない執念だ。それだけロザリーが慕われているということだろう。
「はっはっは。心配するな、私はこれでも身持ちは堅いからな」
ロザリーがそう笑い飛ばした。いつもの甘えている姿を見ると、とても身持ちが堅いように見えないけどね。甘々のちょろちょろだよ。
◇
旅の支度を整えた僕とロザリーは船着き場へとやってきた。東洋行きの大型船が停泊している。僕達はこれに乗って東洋へ向かうのだ。それにしても最近は本当にずっと船に乗っている気がする。
港でルリと待ち合わせをしていて、今は彼女を待っている時だ。
「東洋へ行くんだな……」
「どうしたのロザリー。緊張しているの?」
落ち着かない様子のロザリーを見て、僕は彼女に対して気を遣った。
「だって、初めて海を渡って他の国に行くんだよ? 知らない土地は怖いよ」
「大丈夫。ルリが東洋を案内してくれるし、それに……」
僕はそっとロザリーの手を握った。
「僕がついているから」
「ラインきゅん……優しい……しゅき」
ロザリーの目が潤む。先程、身持ちが堅いと言った女性と同一人物とは思えないほどの堕ちっぷりだ。
「お待たせー!」
ルリの声が聞こえたと同時に僕は急いでロザリーから手を離した。まずい。見られた?
「あー。ごめん。邪魔しちゃったかな? 私に気にせずゆっくり楽しんでいいよ」
ルリに見られた。何だか気恥ずかしい思いだ。イチャついている所を知り合いに見られるほど気まずいものはない。
「ルリ。東洋の案内をよろしく頼む」
先程まで、甘えん坊の顔をしていたロザリーだが、ルリが来た瞬間キリっとした騎士団長の顔に戻った。流石の切り替えの早さ。
「おっけー任せて。それじゃあ船に乗ろうか」
僕達は乗船手続きをして、船へと乗り込んだ。大型の客船で、僕達の他にも何十人か東洋を目指す人がいる。頭の良さそうな学者や、家族連れの旅行客。イチャついているカップルや、一人で物思いに耽っている騎士もいた。
これから東洋へ向かう。知らない土地に対する不安半分、未知なる体験への期待半分と言った不思議な気持ちだった。
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