女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

27.ロザリーの犬苦手克服作戦

公開日時: 2020年9月29日(火) 21:05
文字数:2,093

 僕はクランベリーのリードを引いて、ロザリーと一緒に誰も来ない空き部屋に行った。この部屋は防音設備がしっかりしてロザリーの情けない声が外に漏れる心配はないだろう。


「ほ、本当にこの密室で犬と一緒に閉じ込められるの?」


「別に閉じ込めはしないさ。それに僕がついているから大丈夫だよロザリー」


 ロザリーはがくがくと震えている。犬が苦手な彼女が克服しようと頑張っているのだから僕としてはそれを応援したい。


 僕は震える彼女の手を握った。それに呼応して彼女も僕の手を強く握る。


「ん。大丈夫。私は戦える! この犬に勝つんだ」


「いや、戦わなくて大丈夫だから。愛でるだけでいい」


 クランベリーは何が起きているのかわからないと言った感じで能天気な表情のまま、舌を突き出して息を荒げている。


「よ、よーし……な、撫でるぞ」


 ロザリーが恐る恐るクランベリーに手を出そうとする。クランベリーは人に対する警戒心があまりないのかロザリーの手をまじまじと見つめている。そして、ロザリーの指先を舌でぺろりと舐めとった。


 その行動に全神経を指先に集中させていたロザリーは情けない声を上げてたまらず飛び上がり、天井に頭をぶつけた。


「いたた……な、な、舐めたぞこの犬!」


 ロザリーは天井に頭をぶつけた箇所を手で撫でながら痛がっている。決して天井が低いわけではない。ロザリーのジャンプ力が高すぎるのだ。


 一方ロザリーの指を舐めた当のクランベリーは首をかしげてキョトンとした顔でロザリーを見ている。


「なあ、ライン。試しに撫でてみてくれ」


「え?」


 僕はロザリーの頭を撫でた。


「はうぅ……私じゃなくて犬だよ!」


 お決まりのボケをしたところで、僕はクランベリーに手を伸ばす。頭を優しく撫でてやると人懐っこい笑顔でこちらを見ている。犬というのは表情がわかりやすい生き物だ。僕に撫でられて嬉しがっているのがよくわかる。


「なんでそんなに上手く撫でられるんだ……」


 ロザリーは自分が上手く撫でられないことに落ち込んでいるようだ。ここは一つアドバイスをしてあげよう。


「ロザリーが緊張しているから犬も緊張しているんじゃないのかな? 犬は人間の感情を読み取る能力が高い生き物だ。ロザリーが心を開かないとクランベリーも心を開いてくれないのかも」


「犬に心を開く……難しいことを言うなあ。大体にして犬に人間の気持ちがわかるのか? 私は犬の気持ちがわからないぞ」


「うーん……ロザリーなら犬の気持ちわかるんじゃないかな? 犬は群れで生活している生き物だ。ロザリーも騎士団という群れに所属しているわけだし、案外通じ合えるかもしれない」


 実際、ロザリーと犬には通じるものがあるだろう。犬は人懐っこくて甘えん坊な性格の個体が多い。ロザリーも甘えん坊だから案外仲良くなれる素質があるかもしれない。


「よし、わかった。こうなったら犬の気持ちになりきってみせる! ライン、私は犬をやるから、飼い主になってくれ」


 ロザリーが訳の分からないことを言い始めた。まあ、ロザリーが訳が分からないのは稀にあることだから気にしたら負けだ。


「くぅーん……くぅーん……」


 ロザリーが子犬のような鳴き声をあげながら四つん這いになり、僕の足元にすり寄ってきた。え? もう始まってるの?


「よーし、ロザリーは良い子だねー」


 ロザリーの頭を撫でる。ロザリーは満面の笑みで僕を見上げる。尻尾が触れない代わりに臀部を左右に振っている。……なんかやらしい。


 クランベリーが訳の分からないものを見る目でこちらを見ている。やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。僕だってやりたくてやってるわけじゃないんだ。未知との遭遇をした時の表情は犬も人間も変わらないのかもしれない。


「わおん」


 ロザリーは仰向けになり、腹部を見せた。所謂、服従のポーズというやつなのだろうか。誰がここまでやれと言った。


 ロザリーはこちらに睨みを利かせる。無言の圧力が僕に乗りかかる。え? 僕何をすればいいの? 僕が困り果てて立ち尽くしていたら……


「このポーズしたらお腹を撫でるだろ普通」


「あーうん……」


 僕はそこまでやるのかと思いながら、ロザリーのお腹をこちょこちょと撫でまわした。


「わおんわおん」


 ロザリーは喜んでいるのかどうかよくわからない嬌声をあげて、床に背中をこすりつけている。なんでここまで犬になりきっているのか僕にはよくわからない。犬ってここまでやらなくても仲良くなれるものだよね?


 クランベリーも相変わらず不思議なものを見るような目でこちらを見ている。もしかして、僕達犬にバカにされてないか……?


「よし、だいぶ犬の気持ちがわかったぞ」


 ロザリーは立ち上がり、クランベリーに近づこうとする。その瞬間クランベリーがロザリーの右足に飛びついてきた。


「わ……」


 ロザリーが思わず尻もちをつく。クランベリーはロザリーの右足に抱き着いたまま腰を擦り付けるように動かしていく。


「な、なんだこの動作は……」


「これは……マウンティングだね。犬が自分より格下だと思っている人間にやる行動さ」


「か、格下!? 何で!? 私はこの騎士団の団長なんだぞ!」


 そりゃ、クランベリーの前であれだけ醜態晒していたら、格下だと思われるよ……

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